本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

読書日記 良妻賢母と文学部

その結果、何らかのヒューマニズムとか人格であるとか、社会に対するある種の批評性を持つような「作者の意図」が想定されていた。つまり、社会的に価値のある「作者の意図」が想定されていたわけだ。これは、文学部がまだ女子学生の受け皿だった時代の、い…

砂川文次『ブラックボックス』

くっだらねえな、と自分の夢想だかネットの押し付けがましいイメージだか両方に対して敵意を持つ。本当にそういう世界があるなら少しくらい見てみたい思いもないではない。どうせできないなら、しかし妙な希望を抱くよりもすっぱり諦めて小ばかにしているく…

読書日記 他の本のことばかり考えてる

芥川賞の発表前にはいつも必ず候補作を読んでたのに、全作読み終わってから発表を待っていたのに、今回は一冊も読み終えられなかった。 読み終えられはしなかったけど、一作だけ島口大樹「オン・ザ・プラネット」は読み始めていたところだった。 卒業制作の…

『オーラの発表会』 綿矢りさ

ある日、漢詩の授業時間中、後ろの方の席に座ったあぶらとり神が、テキストで隠しながらこっそりと、あぶらとり紙で額の脂を拭いている様子を、さらに後ろの席に座っていた私は見ていた。彼女は薄茶色で大判のあぶらとり紙を、鼻の上や目の下など、顔面に余…

『女の子の謎を解く』 三宅香帆

私はけっこうずっと「批評」が好きでした。面白い批評を読んだときの「そういうことだったのか!」と、世界は変わってないのに世界の見え方が変わることで、自分の世界がひっくり返る瞬間が好きなのです。 ドラマ映画小説はいかに社会や時代を反映しているか…

履歴書代わりの偏愛本101選

ツイッターの読書アカウントをやっているとよくTL に「#名刺代わりの小説10選」というタグがついたツイートが流れてくる。 それぞれの好みがわかって面白いし、その中に自分の好きな本が入っていると他の本もきになったりする。 私もやったことあるけど、…

『秘密』 ケイト・モートン

ケイト・モートン『秘密』を読んだ。 翻訳ミステリー大賞・読者賞を受賞し、ミステリ好きたちの間で話題となり、イギリスが舞台で母親の謎めいた過去を解き明かしていくというストーリーと、興味をそそられるポイントに溢れていて、前々から気になっていた作…

いろんなところで本を読んできた。

いろんなところで本を読んできた。 本と場所というのは記憶として相性がいい。 あの場所で本を読んでなかったら本のこと忘れてただろうし、本をあの場所で読んでなかったらあの場所のこと忘れてただろうな、と思う。 本を読んでいたから、覚えていられた空気…

『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』パク・ミンギュ

どう見ても三位と四位が平凡な人生で、六位は弁明の余地がない最下位の人生に見える。それがプロの世界だ。平凡に暮らしていたら恥をかくのだし、そこそこ頑張っても恥をかくのは同じだ。できる限り、目ぇ回すほど頑張って初めて「やるだけのことはやってみ…

恋愛小説あれこれ

Twitterを見ていたら「幸せな恋愛小説を教えてください」という呟きが目に入ったので、ぼんやりと考えてみたところ、西加奈子『きいろいゾウ』橋本紡『ひかりをすくう』岩井俊二『ラヴレター』が浮かんできた。 でもよく考えるとそのどれもが「幸せな恋愛小…

本を勧める

友達に本を勧めるのは難しい。 この本はきっとあの子の悩みや傷に寄り添ってくれる本、理解してくれる本だなと思うんだけど、悩みを解決する傷を治療するってことは、まずその悩みや傷を直視して解体して分析しなきゃ始まらないから、だから人の心にズカズカ…

『さらさら流る』 柚木麻子

たとえその時は淀んだ汚い水でも、心がけ次第で、時間はかかっても自然の持つ力がいつか浄化してくれたのではないだろうか。先ほどの湧き水を思い浮かべると、その確信は強くなる。澱も淀みも光を浴びて、次々と沸き上がる力に押されて、さらさら流れていっ…

『キャッシュとディッシュ』岡崎祥久

俺みたいな暮らしだと、たった七年ぽっちじゃ。年齢はふえてるでしょうけど、誕生日ごとにちゃんと祝って一歳ずつ加齢するかんじじゃなくて、なんとなく、あいまいに経年変化です。というかまあ、経年劣化です。 叔父の遺品だった皿のようなものは、そこに入…

『消失の惑星』 ジュリア・フィリップス

離れていれば、誰でもよく見える。たまにしか会話をしなければ、相手が口にするどんな言葉も耳触りがいい。夫との電話が終わると、ナターシャはまた滑りはじめ、塀のそばにいる弟と、そのとなりで眼鏡を磨いてる母親の前を通り過ぎた。すぐそばにいる者を愛…

『人形』デュ・モーリア

幽霊とか怪奇現象とかそういうものじゃない怖い話、人間心理に蔓延る暗黒面を書いた怖い話好きだ。 よくいうイヤミスのようなものだけど、ミステリは特に必須でもなくて、でも日本のものじゃないのがいい。 海外文学でなくてはだめ。日本の厭な話とかそうい…

『「超」入門 失敗の本質』 鈴木博毅

大東亜戦争での日本軍の組織的な失敗を分析した『失敗の本質』をわかりやすくビジネスにも援用できるように解説した『「超」入門 失敗の本質』を読んだ。 この本の序章で作家の堺屋太一が東日本大震災を「第三の敗戦」と表現したとある。 第一の敗戦は幕末、…

『声をあげます』 チョン・セラン

韓国SF短編集チョン・セランの『声をあげます』を読んだ。 今が過去になって、その時の未来だったものが今になってしまえば、その時の今だった過去を批判するようなことはなんでも言えてしまう。 ある程度距離ができると冷静になって問題点を炙り出し批判す…

『宵待草夜情』 連城三紀彦

思い出しても記憶の闇に埋まるように頼りない輪郭しかもたない風景が、私の心を惹きつけ、苦しめるのだった。 娘の躰は、風を掬ったかのように何の手応えも私の手に残さず水底の方へ沈んでゆく木の葉を思わせる頼りなさで畳の上に落ちた。 近代文学と官能小…

『52ヘルツのクジラたち』 町田そのこ

海にインクを垂らせば薄まって見えなくなってしまうように、心の中にある水が広く豊かに、海のようになれば、滲みついた孤独は薄まって匂わなくなる。そんなひとはとてもしあわせだと思う。だけど、いつまでも鼻腔をくすぐる匂いに倦みながら、濁った水を抱…

『僕が殺した人と僕を殺した人』 東山彰良

友達が間違ったことをしたときに正してやるのは真の友達で、友達が間違ったことをしたときにとことん付き合ってやるのが兄弟分だった 人を嫌な気持ちにさせたり人に憎まれることは簡単なのに、人を暖かい気持ちさせたり人に好かれるのはその何倍も難しいのは…

『不在』 彩瀬まる

「普通じゃないって思う人生は、困ったり、寂しかったり、大変だけど、それ以外の人生ではわからないことがたくさんわかるよ。わかったものは、あなただけのものだよ。辛いことを生き延びた先で、すごくきれいな景色を見られるよ」 誰かに責められた訳でもな…

『わたしたちが光の速さで進めないなら』キム・チョヨプ

ひょっとしたら、日常に亀裂を見つけた人だけが世界の真実を追い求めるようになるのかしら?わたしにとっては紛れもなく亀裂と言えた、あの泣いていた男の人に出くわして以来、ある衝撃的な考えが頭から離れなくなったの。 わたしたちは幸福だけれど、この幸…

『時間の比較社会学』 真木悠介

今年は小説以外の本をいっぱい読んで頭良くなりたい!と思ったので、手始めに「こんな風に本読めるようになりたい…」と憧れ尊敬している三宅香帆さんの『人生を狂わす名著50』で紹介されていて、気になった小説以外の本を付箋に書いて手帳に貼り付けてみた…

『海と山のオムレツ』 カルミネ・アバーラ

ただ読むだけではなく、よい書物のページには本物の物語が大切にしまわれていることを理解していった。まるで、どんなときでもどんな所でも、蓋を開けさえすれば、酔いしれ愛でることのできる貴重な宝石箱のように。どの物語も僕の人生の一部であると同時に…

Wi-Fiと溶けゆく時間

うちにはWi-Fiがない。 折に触れては何度もWi-Fi欲しいな、という願望が浮かんでは沈んでいくんだけど、どうにも踏ん切りがつかない。 何度かプランを調べたこともあった。 住んでいるアパートがWi-Fiの工事かなんかをしたらしく、それに漬け込むかのごとく…

読書日記 クッキー缶とすっぴん

もくじ 秋物アウター干しまくり 『彼女の名前は』 クッキー缶とすっぴん 『暗闇にレンズ』 秋物アウター干しまくり 天気が良かったので秋物アウターやストールをたくさん干した。 カビ臭かったものがホカホカのお日様の匂いになっていく幸福感が好き。 午前…

読書日記

朝ベッドから抜け出せずにぼーっとしていると知らない番号からの着信。 知らない番号からかかってくるような心当たりもない。 一度無視。しかしもう一度鳴る電話。 出てみると間違い電話だった。 間違いだと伝えると、こっちの番号を教えてくれと言ってきた…

『あがない』倉数茂

「連中はつまらない人生だが金は持っている。たまたまいい時代に生まれたからだ。今、金があるのはそういう奴らばっかりだ。そうでない奴らは、よほど運がいいか特別なコネでもない限り、落ちるばっかりだ」眼差しがまっすぐにこちらに向かう。「おまえはい…

『フライデー・ブラック』 ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー

どんな理不尽なことにだって当事者なりの理はある。 傍目にはどんなに間違って狂ったものに見えても。 ひとつひとつの間違った小さな理が積み重なって大きな理不尽になっただけで、そこには当事者なりの理がある。 『フライデー・ブラック』巻頭の短編、「フ…

積ん読消化のち積む積む。

コロナウィルスの影響で図書館が休館になると知った私は、積ん読消化に励むことにしました。 図書館に行くとついつい上限いっぱいまで借りてしまって、返却期限までに借りた本を読むのでいっぱいいっぱいになってしまうため、積ん読はうずたかく積まれたまま…