稼ぎ手としての自信がないんだ。男は外で働いてないと格好悪い、仕事で成果を出してある程度の収入を得てないとみっともないっていう気持ちがあって、専業主夫にならないかって言われたときにためらったのも、それが理由だったんだよ。仕事をしてない自分が、男としての面目をどうやって保てばいいのかがわからなかった。他人が見たら、ものすごくくだらない悩みかもしれないけど
瀧井朝世さんがラジオで「男心を学びましょう」と紹介していた本。
今はフェミニズムが盛り上がっているけど、なにかひとつの意見しか聞こえなくなると不安になる私にはぴったりの小説だった。
私が書店員なら「82年生まれ、キム・ジヨン」の横にさりげなく置いておきたい…。
この小説の視点人物は3人。
仕事に自信がなく家事の方が得意なんだけど、妊娠をきっかけに妻から専業主夫にならないかと提案されても大いに戸惑うばかりの直樹。
離婚を経験し熟年離婚の危機を迎えている家父長制度を引きずっている父にかつての自分を重ねる慎一。
恋愛経験が少なくトラウマも抱えていて女性不信気味でライトなアイドルオタク幸太郎。
一人一人のエピソードが濃厚で、その濃厚さが均一。
読んでも読んでもなかなか進んでいかないというか、数ページしか読んでないのに、もう何ページも読んだかのような錯覚が生まれる程濃かった。
登場人物達はそれぞれに男性としての生きづらさや、誰からともなく押し付けられてきた理想の男性像からの呪縛を抱えている。
私はこの小説を男として読める訳ではないから、経験からの実感を持って言える訳じゃないけど、こういう生きづらさはきっとあるだろうなと思わせるリアリティーがあった。
でも男性の生きづらさだけにフォーカスするのではなくて「女の人だけが育児が必須になっているのはおかしい」とか女性としての生きづらさも男性目線から書かれているし、男は女に女は男に、どちらも幻想を抱きがちだとか、中立な立場で判断材料をくれるから冷静になれるというか視野が広がる。
男でも女でも生きづらいとこは持ち合わせている。
男でも女でもどこかに必ず共通点はあるはずで、それは性別関係なく、人と人とが一緒に生きていく上で生じてくる様々な問題で、まずそこに目を向けてから、何が不平等で何が不当なのか考える。
一回冷静になって地ならしをするかのような効果があった。
終わり方も好き。
簡単に解決することじゃないし、簡単に答えは出ない。
簡単に答えを出して割り切って、その上にあぐらをかいて安穏と暮らしていこうとするその姿勢こそが人と人との間に齟齬を生み、それがやがて亀裂になっていくのだから。
色々書いてきたけれどまとめていうと、すごいよかったからちょっと読んでみてくださいということ…。
やっぱり瀧井さんはすごいということ。