伊藤は勝ち続ける。周囲の人間を傷つけ続ける。たぶん、一生。勝てるわけがない。だって、伊藤は永久に土俵に立たないから。愛してもらえるのを、認めてもらえるのを、ただ石のように強情に待っているだけ。自分を受け入れない人間は静かに呪う。結局、自分から何も発さない人間がこの世界で一番強いのだ。
『伊藤くんAtoE』は私が初めて読んだ柚木さんの小説。
久しぶりに読んだけど、初めて読んだ時の印象が全く薄れていない。やっぱりすごい。
伊藤くんA伊藤くんB伊藤くんC伊藤くんD伊藤くんE。
5人の女性から見たそれぞれの伊藤くんを総合すると伊藤くんは、とにかくプライドが高い。
見たいものしか見ない。
傷つきたくない、自分はいつも傷つける側にまわりたい。
傷つけられたことはなかったことにする。なぜならプライドが許さないから。
実力を出して負けるのが嫌。だから頑張らなくていい人、甘やかしてくれる人を常に求める。
自分から何かを差し出す事がない。常に安全な場所にいて、そこから自分より評価が高い人を攻撃する。
何も成し遂げていないのに成し遂げた気になっている。何かを成し遂げるつもりはない。だって傷つくのが怖いから。
読んでるだけで具合悪くなりそうなくらい醜悪な人である。
でも他人事とは思えない。伊藤くんの足元にも及ばないけど、その醜さは自分の中にもあるものだから。
一緒にいると自分のいい面ばかりでてきて、自分のことを好きになれる人がいるけど、伊藤くんは真逆だ。
伊藤くんと一緒にいると自分の嫌なことばかりでてくる。
伊藤くんを通して自分の未熟なとこ醜いところを見せつけられた5人の女性たちが、伊藤くんを踏み台にして軽やかに次のステップに進むさまが痛快で爽やか。
この小説は痛いけど効くマッサージみたいだ。
最初に読んだ時はそんなことなかったんだけど、読んでると段々と伊藤くんが心配になってきた。
色々と口出ししたくなるけど、最後の伊藤くんの清々しいまでの開き直りに、あなたがそれでいいならいいんじゃない…とも思えてくる。
伊藤くんのお陰で自分のダメさみじめさに気づいてそこから抜け出していく人もたくさんいることだし。
馬鹿と伊藤は使いよう。
伊藤くんを通して自分の醜悪な部分を見る勇気があれば、伊藤くんはいい踏み台になる。