本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

『リーチ先生』 原田マハ

河井寛次郎は、宴席で、陶工たちにそう説明した。「有名」だからいい、というわけじゃない。むしろ、「無名」であることに誇りを持ちなさい、と。

何百年、何千年もまえの人間たちの、美しいものを愛する心が、いまに伝わり、いまなお息づいている。──それが陶芸というものではないか。

 


ハワイのABCストアで買い物をして、お釣りをもらうときに軽く頭を下げたら、店員さんに笑われた。
決して嫌な感じの笑いではなく、微笑ましいといった様子で、「日本人って…」と思ってそうな笑い方で、私も笑われるまで自分が会釈をしたということに気づかなかった。
そうして私も、私は日本人なんだなぁとそれまでになかった深度で思った。

日本のことを褒められるのは嬉しい。
けれど、同時に、少し居心地が悪いような座り心地が悪くておしりがもぞもぞするようにもなる。

自分はなにもしていないのに、たまたま偶然日本に生まれただけで、日本人として何も生み出さず、それを疑わずただそれを習慣として受け入れているだけなのに、自分が褒められたように自分が肯定されたかのように喜ぶのは、なんかせこいような気がしてしまうのだ。

それだったら誰かと一緒に自分にないものを賛美している方がいい。

でもどうしたって私は日本人で、日本の礼儀や仕草や作法は身に付いてしまっている、染み込んでいる。

文化や伝統といったものは、
本当に大切で美しいものは、当たり前の顔をしているのかもしれない。
誰でもない、無名の人々が知らずに受け継いでいくものなのかもしれない。

気を緩めたら、大切なことだと忘れてしまいそうな、でもそれでも身に付いてしまっているような、そんな風が美しいのかもしれない。

 

リーチ先生 (集英社文庫)

リーチ先生 (集英社文庫)