本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

『さいはての家』彩瀬まる

野田さんの読み聞かせが始まって二ヶ月が経ち、だんだん考えることが変わってきた気がする。賢くなったとかではなく、自分が今なにを感じているのか、前よりもよくわかるようになった。漠然と体のどこかが痛い、と思っていただけだったのが、肘が痛い、お腹が痛い、と認識できるようになった感じだ。これは不思議な感覚だった。たぶん物語を通じて、たくさんの喜怒哀楽をわかりやすく通過したせいだろう。ぼんやりしていた頃よりも「あ、こういうことだ」とわかった後の方が、嬉しいとか悲しいとかが強くなり、感情が大げさになる。それがいいのか悪いのかはわからない。

 

彩瀬まるさんの新刊連作短編集『さいはての家』は、最後に「その人の行方は誰も知らない」と書かれて終わる話があるけど、その人達にもその後の生活があるはずだっていう発想から書かれた小説だそう。
今後そういった終わり方する話に触れたら『さいはての家』にたどり着くところ想像しちゃうくらい、登場人物たちのその後の話が慈しみ深くて豊かだった。

 

この小説に出てくる主な人物たちは、みんな逃げてきた人たちだ。それだけでなく、それまで漠然とその存在を感じていたけど、はっきりとはわからなかったものをはっきりとわかってしまった人たちでもある。


わかってしまったらもうそれ以前には戻れなくなるものがわかってしまった人たち。

逃げた先で何かがわかって、逃げ着いた先で何かを置いてまた別の場所へ行く。
そうして何かを得たり失ったり置いて行ったりして、世界とうまく折り合いをつけていくしかないのだ。

 

彩瀬さんの言葉で内面に触られる感覚は甘美で少し苦しい。でも少し苦しい分少し楽になる。
自分でも形がわからず吐き出せなかった感情を吐き出せて、自分の内面と出会いなおすことができる。
自分のそれと向き合うことはちょっと照れくさいけど、そうする前よりかは自分ともっと上手く付き合っていけそうな気がしてくる。

冒頭で引用したつるちゃんは「それがいいのか悪いのかはわからない」と言っていたけど、私にとって彩瀬まるさんと出会えたことはいいことだ。

 

 

さいはての家 (集英社文芸単行本)

さいはての家 (集英社文芸単行本)

 

 

 

 

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