僕は絵を描くことで気づかないうちに恢復していったのかもしれない。言葉はいつも考えに繋がって僕を無気力にさせたけど、絵は、水墨は、描くことで自分の考えの外側にある世界を教えてくれた、僕が何を感じているかを伝えてくれた
メフィスト賞は森博嗣や辻村深月や小路幸也が受賞してデビューした賞ということで、何かときになる賞。*1
先日そのメフィスト賞の第59回受賞作、砥上裕將『線は、僕を描く』を読みました。
この小説はメフィスト賞だけでなく、昨年のブランチBOOK大賞も受賞。
ブランチブックアワードがブランチBOOK大賞になった2017年から過去2回この賞を受賞した作品が本屋大賞にもなっているのだけど、この『線は、僕を描く』も本屋大賞にノミネートされているので、どうなるのか気になるところ。*2
「ひょんなことからズブの素人がその道の巨匠に見初められ、長年その巨匠の下についているんだけどなかなか認めてもらえない弟子の闘志を燃やし、勝負を挑まれる」
そんなよくある図式よくある展開で話が進んでいくのだけど、だからといって冷める訳でもなくだからこそこれからどう話が進んでいくのかわくわくしながら読めるし、何か大きな過去を持ち、自分の殻にこもって自身の感情にも鈍感にならざるをえなかった主人公が、人と出会い、水墨画に向き合うことで、世界に開かれていき心が饒舌になっていく変化を肌で感じながら読み進めていけるのも開放感があって気持ちいい。
帯には「青春小説と芸術小説が最高の形で融合した小説」と書いてあって、まさにその通りなんだけど、青春小説は他にもたくさん得意とする作家さんがいて、数々読んできたけど、アート小説は原田マハさんの小説ぐらいしか読んだことがなかった。
他の作家さんのも読んだことがあるような気もするけど、はっきり覚えてないということは多分そんなに面白くなかったのでしょう…。
このジャンルを書いてくれる作家さん(しかも面白い)が出てきてくれて嬉しい。
アート小説ってやっぱりいい。好き。
美術展に行くのが好きだから、というのがもちろん大きいのだろうけど、絵画を見ている時のなんとも言えない感覚や瞬時に湧き上がっては儚く消えていってしまう感触を言語化してくれる、そんなとこが好きだ。
言葉で説明してくれると、絵を見ている時の感覚を再経験できるし、また見たくなる。
言葉で説明されて、全部わかったような気になって、それでつまらなくなるなんてことはなくて、それでも掴みきれない何かがあって、また見たくなるっていうこともあるんだろうな。
言葉で説明されたその感覚や感触が自分のそれとは違くても、自分のそれとは違うものは本来自分では経験しえないものだから、それが読めて追体験できるのも楽しい。
作者の砥上さんは水墨画家でもあって、目次のところや本のカバーを取ると砥上さんの水墨画が使われている。
水墨画は現代のものが見たことがなかったので、この本に使われている水墨画を見て、そして中を読んでもっと見てみたくなった。描いている時の描写、力の入れ方とか早さとか筆の流れて行く様を読むと、出来上がった画だけではなく、描いているとこを見てみたくなってしまう。
これは是非本屋大賞を受賞して、その後映画化して欲しい。
漫画化はしているけど、是非映画化で。
本屋大賞受賞作発表は4月7日(火)発表。 どうなるかなー。