この『ウルビーノのヴィーナス』を見たあとなら、解剖学的正確さより構成の見事さのほうが優先されるということがよく分かると思います。写実的に描く技術より、構図の設計のほうがずっと重要で、画家の腕の見せどころなのです。大抵の人は構図が立派なら多少の歪みには気づかないものです。
映画やアニメ、ドラマを見たときに内容を好きになることよりも、「この構図いい!好き!」って思うことの方が多い。
その構図のどこがどう好きなのかは説明できないのだけど。
今日紹介するのは秋田麻早子『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』。
この本はタイトル通り絵の見方を教えてくれるのだけど、描かれているモチーフにはこういう意味があってとか、この絵は神話の一場面を描いていてとか、そういう絵の内容を読み解く見方ではない。
そういう図像学のような見方ではなく、画家が絵のバランスを取るために構図の配置をどんなふうにしてるとか、どんな風に鑑賞者の視線を誘導しているかとか、言ってしまえば表層的な部分の分析の仕方、読み解き方を教えてくれる。
絵を見る技術ではなく絵を描く技術なんじゃないかってくらい具体的で技術的な話ですごーくためになる。
表層的な読み解き方が身につくと、こういう神話だからこそ、この人物に目が行くような構図だし、このモチーフはここに置かれているから重要なんだってことがわかるようになり、それを踏まえた上で絵を見ると、図像学的な「これは神話の一部で〜」とか「このモチーフにはこういう意味があって〜」とか、そういう話がよりドラマチックになる。
この本を読んだ後では絵画はもちろん、映画アニメドラマを見る目が変わってくる。
今NHKでアニメが放送され、ドラマ化も映画化も決定してる『映像研には手を出すな!』で、あるキャラが「アンタのこだわりは私に通じたぞ!」と言うシーンがあるんだけど、正にそんな瞬間が増えるのだ。
そのキャラはアニメーションが好きでアニメーターになりたくて、同級生達とアニメを制作しているんだけど、内容よりも植物や人物が動く様、とにかく動きが好きな子で「こういう話を描きたい」というよりも、「こういう動きが描きたい」という動機でアニメーションを作っている子。もちろん自分がアニメを見るときもそこに注目をしている。
だからその子にはわかる。アニメーターが動きのどこにこだわって作画したのかが。
こだわって作った人のこだわりがわかる。そんな作り手と受け手が目配せしあう様な瞬間。
アニメも絵画もドラマも映画も内容ばかりが言及されがち。
だけど「どう描いたか」は「何を描いたかに」至るための大事な入り口で、どう描くかにこだわらなければ、何を描いても誰かにきちんと届くものにならない。
想いがこもっていれば、手段はどうあれ、たとえ拙くてもちゃんと伝わるというのも一理あるけれど、どう描くかにこだわったものは、独りよがりではなく、鑑賞者にも主題にもしっかり向き合ったことが伝わってくる。
だからこそ嬉しい。さりげなくまるで目くばせするみたいな誰かのこだわりを見つけられると。