本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

『ハツカネズミと人間』ジョン・スタインベック

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「続きを話してくれよ、ジョージ」

「おめぇ、すでに空で覚えてるんじゃないか。だったら自分でも話せるだろう」

「いや、できねぇよ。おらぁ、忘れちゃってるところもあるし。で、それからどうなるんだ」

「わかったよ、いつか、2人で金を貯めて、小さな家とニエーカーほどこ土地を手に入れ、一頭のめウシとブタを数頭飼う、そして__」

「そして、土地から取れる極上のものを食べて暮らすんだ」レニーは声高に叫んだ。

 

貧しい渡り労働者のジョージとレニーは、いつか自分たちの土地を持ち、牛やウサギを飼い、その土地から取れた極上のものを食べて暮らす夢を糧に日々を生きている。

 

その夢は、新たに働き始めた農場にも広がりはじめ、それを聞いた人は自分が二人の夢に如何に役立つかアピールする。二人の夢の農場は他の労働者の夢にもなり、そこで暮らす計画を話す人々はとても生き生きと輝いている。

 

あり得るかもしれない夢を語る人もいれば、あり得たかもしれない過去を延々と話す人もいる。

あの時あの人について行ってれば、もっと輝かしい場所にいたかもしれないのに、私は本来こんな場所にいる人間じゃないのに等々。

 

一人の男がもう一人の男に話すけど、相手が耳を傾けていなくても、それを理解していなくても、構わねえんだ。大事なのは、そいつがもう一人と話をしてるという事実だ。別に話してなくても、一緒にそこに座ってるだけでもいい。

 

人は人と話したい生き物なんだ。「人と」がいいけど、「人に」だけでもいい。

会話にならなくても、一方的に話しているだけでも。自分の話を聞いて欲しい生き物。

 

そうした人間のあり方を思うと、辛い現実の中、同じ夢を見てそれを語り合える空間というのはユートピアなのではないか。

 

辛い現実から目を逸らすために、誰かと一緒に同じ夢を語り合う。

その夢がもし現実になっても、夢だった頃にはわからなかった辛さがあって、また辛い現実になってしまうかもしれない。

 

こんなことをしたい。これを手にしたらこうしたい。ああしたい。それいいね。それもいいね。

と、誰かと頭の中でユートピアを作り上げていく時間こそがユートピアなのではないか。

 

そう思えると、この小説の最後はハッピーエンドだ。