なんで室内でしかも食事中に帽子かぶってるんだよとか、なんで横断歩道の真ん中に停車してるんだよ歩行者の邪魔だろうちゃんと前の状況見ながら運転しなさいよとか。そんなふうに誰かのちょっとした気遣いのなさとか、ちょっとした失敗にイライラして受け流せなくて、でもそんな自分が誰かに見つかったら軽蔑されるだろうなって嫌になって、私は今すごく疲れてるんだな、余裕をなくしているなって思う時には西加奈子の『うつくしい人』を読んでほしい。まったく同じ人がそこにいる。
人に優しくできないとか、ミスをしてしまって迷惑をかけてしまったとか、色々うまくいかなくて、だけどそれ自体に落ち込むんじゃなくて、それによって周りの人に嫌われることや「人として」の「正さ」や「普通」から外れてしまうことの方が怖い。
そんなふうに自意識にがんじがらめになっている人はこの小説を読んで欲しい。
この小説の主人公百合は、会社での些細なミスから号泣してしまい、それを機に退社しほとんど引きこもりのような状態になる。このままではいけないと一人旅に出るのだが、一人であちこち旅をしようというのではなく、離島の滞在型ホテルに引きこもろうということに、彼女の限界が現れている。
ホテルのある離島に向かう道中でも百合はイライラ、ヒリヒリ、クサクサしている。配慮がない人にイライラして、でもその無邪気さが羨ましくなって、その無邪気さがない自分の汚さに嫌気がさして、さっきまでイライラしてた人の美しさに泣けてくる。
THE情緒不安定。
その情緒不安定の一挙手一投足が手に取るようにわかる。それを全部余す所なく書いてくれてるっていうことだけで救われる。
でももちろんそれだけじゃなく、もっともっと大きな救いもある。
周りの人に嫌気がさして、そんな自分にも嫌気がさして、もう全部
嫌になってしまった人に読んで欲しい。
私がこのホテルを選んだのは、選んだのは……。
誰にも干渉されそうになく、特別惨めな気持ちに陥りそうにもない、いかにも安全なホテルだと思ったからだ。職場で急に泣き出した「疲れた」女が来るのに、ちょうどいいと、思ったからだ。
いや、それだけか。違う、海だ。海の青さ、その「ただそこにある」無機質な佇まいが、胸を打った。「そこにある」だけのことが、どれほど難しいか、私はよく知っている。