本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

14.『PRIZE』

「うまくなりたいの。どんなことをしても、もっと小説がうまくなりたい。こんなところでぐずぐずしてるのはまっぴら。だから、全部教えて。何が足りてないか、どこがまずいのか、遠慮なんかしないで言って。あなた編集者でしょ?それがあなたの仕事でしょ?」

千紘が、にっこりと不敵に笑む。

「そうですよ」

動機が走る。胃の底がじりじりと炙られる心地がするのは、焦燥ではなく興奮を押さえつけているせいだ。

 

久しぶりにヒリつく小説を読んだ。

 

どうしても叶えたい夢や辿り着きたい場所、欲しいものがあって、熱い気持ちでそれに向けてがむしゃらになる人の前では、「私にはそんな気持ちになれるものがない…」と後ろめたくなるのが常だけど、この小説はそんな風に自らを振り返る余裕はなかった。

それほど天羽カインの「直木賞を獲りたい」という思いは執念深く迫力があり、ちょっと怖いくらいだった。

 

ヒリついた要因は、天羽カインの執念深さだけではなくて、彼女の経歴にもあった。

新人賞の最優秀賞と読者賞を同時受賞してデビュー。

ライトノベル出身だけどのちに一般小説に移行。

数々の文学賞を受賞するも、未だ直木賞はノミネートだけで受賞に至っていない「無冠の帝王」。

それぞれの経歴肩書きに、これはこの作家さんのことじゃない…?と実在の作家の顔が浮かび、明らかにこの人がモデルだろうという大御所の作家もいて、こんなの書いて大丈夫なのか…?と腹の底が落ちかない。

 

そんな心配は作家の描写だけにではなく、編集者や校閲にも及び、実際のことは読者の私には預かり知らぬことだけど、いかにもそんな人いそうだなぁと思わせる説得力があって、この『PRIZE』の編集者や校閲の人は一体どんな気持ちでこの作品と関わってるんだ….と想像して肝が冷える。

天羽が求めてやまない直木賞に関するエピソードや描写も当然そうで、これもまたただの読者である私には預かり知らぬことだけど、いかにもそんな舞台裏ありそう…ヒリつきが止まらない。

 

直木賞、出版業界の裏側を見る覚悟はあるか。

勇気なきものは去れ。

と言いたくなるような小説だった。

 

そんな読む者の覚悟を問いたくなるような恐ろしい小説ではあるけど、編集者や作家の小説にかける熱い思いも存分に込められていて、読者としてそれに応えなくては!とこちらも熱くなるところもある。

編集者や作家が一文一文、一文字一文字を疎かにせず、精魂込めて向き合う姿には、この人たちに対して恥ずかしくない読者になりたい!そう思わされる。

 

小説を作り上げていくなかで、彼女たちが「この一文ははなくても読者には伝わる」と「描写ではなく説明になっている」と一文一文に向き合うシーンで、読者としての私はその一文がなくてもその小説の素晴らしさが理解できるのかと不安になった。

 

私の読解力がないばかりに、その小説の素晴らしさ美しさを理解できていないのではないか。

もっというと読者の読解力がどんどん落ちていってしまえば、小説の美しさを犠牲にして、説明文を増やさなくてはならなくて、小説家の満足のいく作品にならないのではないか。

そうして小説家が読者に寄り添った結果、大御所の作家たちが選考委員を務める文学賞では評価されない作品になるのではないか。

そこまで考えてしまって、ほんとに恐ろしくなる。

 

編集者作家がこうまで精魂込めて作くりあげたものを、お前はどうやってどれだけ読めているんだと、小説を読む覚悟を問われるような作品だった。

 

うまくなりたい。小説をもっともっとうまく読めるようになりたい。