昨年2024年の本屋大賞翻訳部門は1位がファン・ボルム『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』で、3位がキム・ホヨン『不便なコンビニ』。どちらも韓国文学だった。この2作の共通点は韓国文学というだけでなく、Kヒーリング小説であるという点、しかも書店とコンビニという、家と職場以外の場所、サードプレイスを舞台にした小説であるという点だ。
どちらも職場での疲れや家庭での悩みを書店やコンビニで薄め、ヒーリングされている。
こうしたサードプレイスものは日本の小説でもよく読まれていて、青山美智子『お探し物は図書室まで』とか大沼紀子『真夜中のパン屋さん』などがある。
読んだ人がだいたい「こんな場所が近所にあったらいいのに」と思ってしまうようなやつ。
だいたいの人がそう思ってしまうだけに、そんな場所はだいたいないのである。「私にもこんな場所がある」と思う人はあんまりいない。
だからこういうサードプレイスものはちょっとファンタジーだ。
韓国文学では他にもソン・ウォンピョンという作家が本屋大賞翻訳部門によく選ばれている。1番有名なのが、2020年に1位になった『アーモンド』だけど、他には2022年にも1位を獲得した『三十の反撃』があり、2023年には『プリズム』が2位を獲得している。
そんなソン・ウォンピョンの最新作である『TUBE』も、あらすじだけ読めば一見サードプレイスものなのでは?と思わせるものだった。
一人の力じゃ難しいなら、他の人に応援してもらったらどう?
どこにでもいる平凡な中年男、キム・ソンゴン。
仕事にも家族にも運にも見放され、彼はついにこの世に別れを告げる決意をする……が、
それさえもあえなく失敗してしまう。
この世に舞い戻ったソンゴンが見つけたのは、とある一枚の写真――
そこには若かりし頃の彼が家族とともに写っていた。
何もかも今の自分とは違いすぎることに愕然とした彼は、写真の中の自分を真似てみようと、
まずは姿勢矯正から始めることに。そんな取るに足りない小さなチャレンジが、
やがてソンゴンの人生を大きく変えていく――。
どうですか。これだけ読むと、姿勢改善教室に通い始めて、そこの講師や生徒との交流によって人生が好転し始める物語に思えませんか。
でも全然違うんです。詳しくは感想ブログに書いたので読んで欲しいのですが、これがサードプレイスものではないところに私はグッときたのです。
円満な家庭がそうそうないように、ストレスフリーな職場がそうそうないように、それらの悩みを癒してくれるサードプレイスなんてそうそうないのでは。
円満な家庭ストレスフリーな職場が奇跡なように、ヒーリングサードプレイスも奇跡なのでは。
なんとなくそう感じていたからこそ、私には『TUBE』が刺さったのでしょう。
家庭や職場で人間関係に疲れている人間が、また別の場所で人と交流しようとするかなぁとか。家庭や職場でうまく人と関われない人間がまた別の場所でうまくやれるものなのかなぁとか。
あと、そうした場所で悩みを聞いてもらって気持ちを軽くしてもらったら、心を開きすぎてだんだん距離感がおかしくなって、それで関係も上手くいかなくなって、またそこで悩みが生まれるのではとか、サードプレイスについて現実的に考えるとそんな身もふたもない疑問が湧いてくる。
サードプレイスは疲れや悩みを抱えている人間を問答無用で受け止めてくれて後腐れない桃源郷ではない。
家庭でもない職場でもない、お互いのことを大して知らずバックグラウンドがわからず、損得勘定が大してないからこそ上手くいくものなんだろう。相手のプライベート、領域に踏み込みすぎない。距離感を大事にするということが、サードプレイスのヒーリング効果を持続させる秘訣だ。
しかしそれはサードプレイスに限られたことではない。
『不便なコンビニ』にこんな一節がある。
「お客さんに接するように……されたらいいですよ」
ふと口から飛び出した言葉に、彼は振り返った。
「お客さんに……親切にしているのだから……家族にも……お客さんにするようにしたらいいです。そうすれば……大丈夫です」
「お客さんに、か……。そうだな。ここで接客をもっと学ばなくきゃな」
家庭や職場でも距離感は大事だ。
サードプレイスは癒される場所ではあるけど、それと同時に人との距離感を学び直す場所なのかもしれない。
夢物語だなぁと思いはするものの、だからこそ『ようこそ、ヒュナム洞書店』も『不便なコンビニ』にも癒され、一方で夢物語だと思っていたからこそ、そうしたサードプレイスに頼ることなく、自力で立ち上がる『TUBE』も私に刺さった。
その上で思うのは、癒されないサードプレイスものってないのかなということ。
家庭でも職場でも上手くいかない人間がサードプレイスに癒しを求め、一瞬それが叶うもそれが故に距離感を間違え、抜き差しならぬ人間関係に陥ってしまうドロドロサードプレイス小説。
怖いけど。夢も希望も癒しもないけれど。ちょっと読んでみたい。
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