言葉はただそれだけだと思う。
言葉にできない感情は、じっと抱いてゆく、
魂を温めるように。
その姿勢のままに、言葉をたもつ。
じぶんのうちに、じぶんの体温のように。
「魂は」より一部抜粋
考察が流行ったり、一億総SNS時代みたいになってきており、「言語化できない」とか「言語化がうまくできるようになりたい」とか言葉にすることが重要視されるようになってきた。
そういう私も常日頃から、言語化の鬼になりたいと思っている。
だけど言葉にすることがそんなに大事なのか、言葉にできないことがそんなに駄目なことなのか一度立ち止まってみたくもなる。
長田弘さんは「言葉っていうものは、ここに言葉にならない思いがあるって示すためにある」みたいなことを書いてる詩があって、それがとても好きだ。(『詩ふたつ』収録の詩)
今回読んだ『一日の終わりの詩集』でも、そんな言葉にできない思いを大事にしている詩がいくつかあって、心が温まった。
言葉っていうものはとにかく大事だし、なるべく細かく言葉にしたり、色とりどりの言葉を選びたいと思う。
でもそれでもそうした言葉を聞いてくれた人たちに「言葉にできないものがあるんだろうなぁ」と思ってもらえるような、そんな言葉遣いや佇まいでいたい。
あるいは私が言葉にすることによって、それを聞いてくれた人に言葉にできない思いが生まれるような、そんな風でいたい。
言葉にできない思いを共有するために言葉を使っていきたい。
詩集を読んでいると涙がでてきそうになることがよくある。
それこそ言葉にできない思いをみせてもらって、私にもそんな思いが込み上げてくる。
そして心がとても温まるのだ。
そんな風に言葉を紡いでいきたい。
