本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

29.『ポトスライムの舟』

「時間を金で売っているような気がする」というフレーズを思いついたが最後、体が動かなくなった。働く自分自身にではなく、自分を契約社員として雇っている会社にでもなく、生きていること自体に吐き気がしてくる。時間を売って得た金で、食べ物や電気やガスなどのエネルギーを細々と買い、なんとか生き長らえているという自分の生の頼りなさに。それを続けなければいけないということに。

 

よく行く図書館に直木賞芥川賞作品専用の棚がある。芥川賞は候補作が発表されたら全部読み、受賞作を予想しつつ発表を待つということを10年近くやっている。段々それを始める前の受賞作品にも興味が湧いてきたので、図書館のその棚から1冊ずつ借りていき、棚に置かれた全部の芥川賞作品を読みたいなぁなんて思っている。

 

まず借りたのは2009年第140回の受賞作、津村記久子『ポトスライムの舟』。

主人公ナガセは、派遣社員として工場に勤務しているのだが、ある時その職場での年収と世界一周にかかる金額が同じ163万円であることに気づき、他のバイトで得た賃金を生活費にあて、工場での賃金には手をつけず世界一周のための資金にする計画を立てる。

しかしその矢先、夫との問題を抱えた友人を家に迎えるという、想定外のことが起こり思わぬ出費が重なってしまう。それは細々としたものだけど、世界一周は遠ざかっていってしまうものだった。

 

生きていくためにはお金が必要で、そのためには働かねばならず、働くために生まれてきたわけじゃないのに働くために生きていて、食えるのか食えないのかが最大の問題で、収入と支出の連環の輪の中に人生が収まってしまう。

そんな人生に一石を投じてくれるのではと、ナガセが感じたのが世界一周だった。想定内の人生から抜け出すためにお金を貯め始めたけど、その想定内に他人の人生が転がりこんできて想定外になる。世界一周という想定外だと想定した一石ではない、完全なる想定外の一石だ。

 

それでもなんとか、不測の事態に対処し当初の軌道に戻そうと、その友人に貸したお金や、友人に関わることでかかったお金を計算していたけど、それをやめて手放した瞬間が印象的だった。

 

同じような繰り返しの毎日でそんな人生だと思ってたら、思いがけないことが起きて思い通りにいかなくて焦る。それをコントロールしようとするけど上手くいかなくて諦めて、でも諦めきってはいなくて、力の抜けた良い感じの手綱の握り具合になったのがとても良かった。

 

ナガセは生きていくために働いて、働くために生きるという1つの輪で人生を動かしていたけど、そこに世界一周のために貯金をするという輪が加わり、その矢先友人の人生との関わりという輪も加わった。

どの輪も動かすにはエネルギーがいるし、輪が増えすぎても窮屈ですり減るばかりで、生きることに支障がでる。

だけど人生を動かす輪が1つしかなくて、生きていくために働き働くために生きるだけよりも、他にもいくつかあった方がずっと遠く知らない場所に行けるかもしれない。