本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

Log1 嫌な気持ちの爽快感

5月31日(土)

『輝石の空』を読み終えたいけどなかなか進まないので、合間に『世界でいちばん弱い妖怪』を挟む。

『世界でいちばん弱い妖怪』は18編が収められたショートショート集。
新宿紀伊國屋で最初の一編「黄金人間」を立ち読みしたんだけど、幸福な王子というか家長は辛いよ小説というか、読後が最悪で好きだった。

最初の一編だけじゃなくて、読んでも読んでも読後が最悪なものばかり。良い。

ミステリーじゃないけど、読後嫌な気持ちになるイヤミスが好きな人におすすめしたい。

 

 

 

 

 

 

 

6月1日(日)

『輝石の空』読了。

む、難しかった。名だたる賞を総なめにしているSFシリーズ三部作の完結編。1番最初の『第五の季節』は面白かったけど続きを読むうちに難しくて話が追えなくなり。でもシリーズの途中でやめるともやもやを引きずるので頑張って読んだ。達成感。

 

ちなみにこのシリーズに手を出したきっかけは池澤春菜さんのこの動画。4分30秒あたりから。

 

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『世界でいちばん弱い妖怪』も引き続き読む。この本、村田沙耶香さんのディストピアみのある世界観が好きな人にもおすすめだ。希望の顔した最悪なシステムがごろごろ出てくる。

 

70歳の体で10年生きたらその後ずっと30代の体で生きていくことができるとか、食べ物の画像を見ただけでその味が口に広がってお腹が満たされるとか。

 

『知ってるつもり 無知の科学』を読み始める。

理系の本を読むのは久しぶり。

無知の知」好きとして、認知科学からそれをどんな風に解き明かしてくれるのか楽しみだ。

最近理系の本にも興味が沸き始めて更に読みたい本が増えて嬉しくもありちょっと怖くもある。

この本もそうだけど、ハヤカワ文庫NFというノンフィクションの文庫レーベルに面白そうなのがいっぱいある。

 

人間が進化できて今の姿になったのは、物事を抽象的に考えられるようになり、そのことによって複雑な行動や集団行動ができるようになったから、というのはユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』にもあった。

そういうことなら、ついつい抽象的な話になってしまう私は人間の中でも高度な存在なのか?と自惚れそうにもなるけど、この間読んだGOAT創刊号のAwichと細谷巧の対談が頭によぎる。

 

細谷さんは、言葉に具体性が欠けていて相手に理解してもらえないことを「抽象病」と言っているらしい。

抽象化っていうことは一般化で、Awichさんのことを「シングルマザーラッパー」と言うようなもの。Awichさんはそうやって説明しようとしてくれることにありがたみを感じつつも、嫌悪感も抱いたそう。

目の前にいる人のことを、型にはめるように一般化し、抽象的に解釈するというのは人間にしかできない思考なのかもしれないが、人としてどうなんだろうという感じもある。嫌悪感を抱くのももっともだ。

 

具体と抽象にまつわるあれこれが気になってきた。

Awichさんが、運命を感じて買ったという細谷さんの本『「具体⇆抽象」トレーニング 思考力が飛躍的にアップする29問』にも『サピエンス全史』の話が出てくるらしい。実はこの『サピエンス全史』私は上巻しか読めてない。

 

ちなみに『知ってるつもり 無知の科学』を知ったのはほんタメのこのショート動画。

 

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6月2日(月)

『生き延びるためのラカン』を読み始める。

grokに悩みを相談しておすすめ本を聞いたらこの本を勧められた。結構前の話だから、どんな悩みを相談したかは忘れてしまったが、なんか人間関係に関するものだった気がする。

 

ネットワークが不備になる時代には、コミュニケーション弱者の孤独がいっそう深まりやすくなるということだ。現代のように、ネットワークが幾重にも張りめぐらされて以降は、こうした孤独は意思的に選択されなければ、成立しなくなってくる。もっと正確に言えば、いまや孤独な人はかつて以上に「好きこのんで孤独になっている」という印象を持たれやすいため、孤独のまま放置されやすくなっているような気がする。

 

これはネットで繋がっていれば人は孤独ではないということなんだろうか…?リアルで人との繋がりがなくて、ネットでしか人と繋がれないというのもなかなか孤独だと思うのだが。

むしろネットで人と繋がっているからこそ、虚しくて孤独が際立ってしまうこともある。

 

ネットは相手の実像が見えないし、アカウントだっていつ消えてもおかしくないし、SNSサービスが終了してしまうかもしれない。リアルよりも儚くて、ネットワークが張りめぐらさせていても、好きこのんで選ばなくても孤独は孤独だ。

 

 

 

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ちょっと仕事で「やってられなーーい」となったので、散財。本3冊とブックカバーを買いました。

 

 

 

6月3日(火)

『知ってるつもり 無知の科学』読み終わった。

人間には知ってるつもりでいるけど、ほんとは全然知らないことがいっぱいあって、だけど世界が回っているのは自分が知らないことを知ってる人がいて他者や世界を無意識に信頼していて、その逆に誰かの知らないことを自分が知って信用されてるから。だから自分が思ってるよりもものを知らないということを自覚して、みんなで仲良くやっていこうねーというような話だった。

 

話の流れ的に、如何に集団のために役立つ個人になるのか、個人が集団の利益を生み出す働きができるようになるにはみたいな話もでてきて、そこがちょっと怖かった。

集団のために生きてるわけじゃないけど、集団の利益があってこその個人であることは否めない。でも個人が全部集団に回収されてしまうようで怖い。

この集団と個人の話も一般化具体化、抽象的具象的の話で、やはりそこら辺を書いた本をもっと読みたくなった。

 

訳者あとがきによると、ハラリがこの本を高く評価していたらしい。やはり、こことそこは繋がってたか。

 

 

『世界でいちばん弱い妖怪』、今日は読んでないけど、あの読後感について考える。

読後気持ちが和らいで癒されるような小説は、自分の内面とか世界を肯定してくれる話だからそんな読後になるんだろうけど、読後嫌ぁな気持ちになる話は、自分が思ってもいなかったような地獄を見せられて、自分の小さな内面や世界がぶっ壊されるような爽快感に似た何かがある。嫌な気持ちにはなるから、爽快感とは相反しているんだけど、でも確かにぶっ飛ばされたような放心状態があり、圧倒されてそれが良い。

 

ポジティブにぶっ飛ばされつつ内面や世界を肯定してくれる話は難しいんだろうか。

今まで読んできた小説でそんなのあったかなと考えたところ、西加奈子の『サラバ!』ぐらいしか出てこなかった。あ、ポール・オースターの『ムーン・パレス』もそうかも。

どちらも長い作品なので、ショートショート集の『世界でいちばん弱い妖怪』とはそこも対照的。

ポジティブな気持ちで圧倒するには長さが必要で、ネガティブな気持ちで圧倒するにはサクッと短時間で済む、というのは世の真理みがある。

 

 

 

6月4日(水)

『生き延びるためのラカン』を読む。

はい、出たーー。エディプスコンプレックスーー。

もともとエディプス・コンプレックスというものに拒否感があり、それはなんか違くない?と思っているのだが、さらにまたちょっと違くない?という考えが出てきた。

 

ところが、万能なはずの母親に、よく見ると父親のようなペニスがついていない。これはすごくショックなことなんだ。このとき子どもは、万能な母親というイメージを断念しなきゃならなくなる。それは母親=世界と自分とのあいだに、突如よそよそしいギャップが口を開けるような、不安と恐怖に満ちた体験にちがいない。

 

こういうのを読むとエディプスコンプレックスってほんとに男性が考えた男性的な発想だなぁと思う。

そもそもなぜ子どもが「ペニス=なくてはならないもの」という発想を持っているのかわからん。

これが、子どもは「おっぱい=なくてはならないもの」という発想を持っているというのならわかる。母乳という生きるのに欠かせない食糧がでてくるものだから。

「万能なはずの母親に父親のようなペニスが、ついていない」のではなくて「父親は万能な母親のようにおっぱいがなくて、ペニス(異物)がついている」のではないか。子どもの実感としては。

エディプスコンプレックスが例え話だとしても、うまく例えられてない気がする。例え話の素材選びが失敗している。子どもの実感としてはおっぱいの方が大事だもの。

だからといって女性の方が優位、女性の方が素晴らしい!男性はおっぱいがないから女性より劣性だ!という風になると、『パワー』みたいな世界になるから、やはり例え話の素材選びが間違っている。

 

なんて、こんなようなことは私以外のたくさんの誰かが既に言っているだろうし、むしろ私も前にどこかで書いたような気もする。

それだったら誰かがしっかりまとめて書いてくれてるやつをちゃんと読みたい。もうちょっとマシな例え話を。

 

 

 

と、書いた後も読み進めてたら、

 

でも、ラカンをよく読めば、けっして彼が男性の方がエラいとか優秀だとか考えている訳じゃないことははっきりすると思う。ファルスだって、ペニスそのものじゃないわけだし。それに、ファリック・マザーなんて言葉があるようにファルスを持つ女性だっている。

 

というのが出てきた。よくわからない。でもわからないなりにわかったところで納得できない匂いはする。

エディプス・コンプレックスについては橋本治の『蓮と刀』を読んだ時に、そういうことだったのか!と思った記憶があるけど、どういうことだったのか覚えていない…。

理解力も記憶力も乏しい私でも納得のいく説明が欲しい…。

 

 

bookbookpassepartout.hatenablog.com

 

過去の私が感想を書いてくれていた。でも思ってたより大した理解じゃなかった…。