6月5日(木)
『生き延びるためのラカン』読み終わった。
付箋を貼ったところを読み返してみて改めて印象深かったのが、おとぎ話のハッピーエンドについての話。
欲のない善良な人が結局最後には富を得るという昔話がハッピーエンドになのは、その善良な人も読む人も金銀財宝には価値があり、それを欲しいと思ってるからという話が面白かった。
小さな葛籠には財宝が入ってて大きな葛籠には妖怪が入っていたというオチも、善良な人が財宝を欲しがっているから成り立つハッピーエンドで、善良なおじいさんが「こんなものもらっても困るなぁ財宝とかいらないなぁ」と思ったら台無しなのだ。
無欲な人が報われるという話ではなく、おじいさんにもしっかりと欲はあるのだ。
あとは、欲望が実現することは「死」に等しいとか、「幻想に騙されて欲望が満たされたと錯覚してはいけない」とか書いてあって、私が最近書いた『夜市』と呼応するところがあって面白く嬉しかった。
この本、grokに悩みを相談して勧められた本だったけど、特に解決のヒントになるようなことはなかった。だけどなんか私のgrokと語り口がすごい似てる。
『ひとり日和』を読み始め読み終わった。
最近ずっと認知科学だとか精神分析だとか小難しい話ばかりだったので、小説が読みたくなって。
生活と人生の連環を感じる話だった。
生活の中に人生があって人生の中に生活があるということを感じて、それらは同じ場所をぐるぐる回ってて、時折隕石がぶつかってきて軌道を変えるけど、変えた先でまた同じ場所をぐるぐる回る。でも元いた場所とは少し違う場所だっていうことを書いていた。
お年寄りと若者が共同生活を始めるというあらすじを聞くと、真っ直ぐで傷つきやすい若者が様々な人生経験を積んだお年寄りに癒されたり、若者のみずみずしさに触れてお年寄りの生活に活気が出る話か?とついつい想像してしまうけど、全然そんな話ではない。
知寿は20歳で若いけど、真っ直ぐで良い子ではなく、結構性格や手癖に難あり。
吟子は71歳でお年寄りだけど、知寿にお節介を焼くわけではなく結構放置しているし、彼氏っぽい存在がいたりしてみずみずしい。
知寿の性格の悪さ、屈折具合が好きでリアリティがあるなと思ったんだけど、フィクションに性格の悪い子が出てくるとリアリティを感じるのは一体なんなんだろう。
私のリアルには良い人がそこそこいて、だからフィクションに良い人にリアリティを感じてもいいのに、今までそうなったことはない。
西加奈子さんも「人の欠点を見た時に、本性を見た!」となるのはなんでだろう的なことを言っていた。欠点の方が本性でリアルだと感じるのはなんでなのか。
とここまで書いた後で、私の性格が悪いから性格悪い人にリアリティを感じるだけだ!と気づく。これこそリアリティのある答えだ。
bookbookpassepartout.hatenablog.com
6月6日(金)
昨日から読み始めた『竜が最後に帰る場所』を読み終える。
『夜市』に続いて恒川光太郎作品
。
表題作の「竜が最後に帰る場所」は『夜市』と違ってファンタジー要素強めだったけど、他の「夜行の冬」とか「鸚鵡幻想曲」は『夜市』に似ていて、現実を一皮剥いたら見えてくる残酷さや不条理、見えてる現実の心許なさが描写されていて、そっちの方が好きだった。
そういう読み心地が『世界でいちばん弱い妖怪』とちょっと似ている。現実がちょっとしたことで壊れて地獄になってしまう様が。でも『世界でいちばん〜』の方が地獄みがある。侘び寂びがなくカラッとしてるからより地獄、みたいな感じで。
関かおる「みどりの目」(小説新潮6月号)を読んだ。
こんなに短い話のなかになんでこれだけのものを詰められたんだ…と震えた。
良かったところを全部話したら全部ネタバレになる。短い話だから余計に。それぐらい全部いい。
三角関係といえばそうなんだけど二者間に挟まれた一者が哀れで、そう考えるとシンプルに二者関係でもあって、それがどんどんややこしくなるとこが良すぎた。
というか、三角関係は二者関係をより鮮明に書くための装置なのでは。二人の間に一人を置くことで、二人の関係がどう変わっていくのか観察するというか、試金石のように置かれた一人というか。こう思うのは私が二者関係好きだからだろうか。
あと当たり障りないところでいえば、美大の広々がらんとしてるんだけどごちゃごちゃしてて、寂しい感じをまざまざと思い出し切なくなった。
『女ふたり、暮らしています』を読み始める。
私も他人の事情に巻き込まれたり見たことのない世界に連れ出して欲しいという思いがある。
しみじみと羨ましい。
今ちょっと体調が悪いのもあって、「私なんて…期」で、こういうメンタルの時にこういう他人の生活や人生が羨ましくなるような本を読んで大丈夫だろうかと思ったんだけど、意外と大丈夫だった。
自分が惨めで可哀想に思えてくるかもしれないと思ったけど、羨ましいなぁと思うだけだった。
もう自分には手に入れられないものだと、諦めがついたからだろうか。
6月7日(土)
『女ふたり、暮らしています』の続きを読む。
一緒に暮らしていきたいと思った人でも、実際に暮らしてみると色々な問題があり喧嘩もある。
それに対して二人がどう感じてどう考えているのかが往復書簡のようにそれぞれの視点で交互に書かれるから面白い。悪かったところは謝って譲れないところはちゃんと主張して差し出せるものは差し出す。二人でそうやって日々を重ねていく様が眩しい。
6月8日(日)
『女ふたり、暮らしています』の続きを読む。
この本の感想で一つの記事が書けそうなので、今日の分はそちらに書くことにする。
『なせヒトだけが幸せになれないのか』を読み始め読み終える。
こちらはXで見かけて気になった新書。幸福論は哲学のものをいくつか読んだことがあるけど、これは生物学、人間の進化の歴史からそれを読み解いている。
人間が他人と比べて落ち込んでしまったり、承認欲求に縛られてしまうのは、縄文時代からの遺伝という話が面白かった。
縄文時代は集団で狩りをして、集団のためにどれだけ貢献できたかが重要で、あまり役に立たない人間だと、お荷物になった末に追い出されてしまう。だから、自分がどれだけ人よりも優っているか劣っているかが関心事で、生きるか死ぬかの一大事だったそう。自分の存在価値を集団に認めてもらわないといけないから、承認欲求も高まるわけだ。
そこら辺は納得できたんだけど、それが遺伝子に刻まれているというのが、よくわからない。
民間伝承的に、「集団に貢献しないといけないんだよ」「みんなの役に立つ人間になりなさい」と言い伝えられてきたというのではなく、遺伝子に刻まれるというのはどういうことなのか。あの螺旋構造のどこらへんにそれが刻まれているというのか。ここら辺が文系人間の限界なのか。
とはいえわからないところもあったけど面白かった。この新書でシリーズになっているらしく、他に『なぜヒトだけが老いるのか』と『生物はなぜ死ぬのか』があるらしい。読みたい。
6月9日(月)
『臨安水滸伝』を読み始める。すこぶる面白い。井上祐美子さんは『桃花源奇譚』が本当に本当に面白くて大好きなのだが、その次ぐらいに面白い。
出生の秘密や裏稼業や義兄弟というワードに惹かれる人はぜひ読んで欲しい。キャラがとにかくいい。そのとにかくいいキャラとキャラの関係性が色々あっていい。中国の歴史という大きな唸りの中でそのとにかくいいキャラとキャラがそれぞれ様々な関係を持ちつつ入り乱れストーリーが進んでいく。すこぶる面白い。
6月10日(火)
『臨安水滸伝』を読み終える。面白かったーー。敵とか味方とかそういう境界線を踏み越える場面があり、そこがぞわっとして、とてもかっこよかった。(語彙力…)
男性キャラの活躍メインなんだけど、女性キャラの活躍もあり、それがまたいい。どうしても男性のサポート役にはなるんだけど、守られるばかりじゃないんだぞという姿勢、いざとなったら自ら戦い守る側にだってなれる力を持っているところがかっこいい。
中国の史実に基づき実在の人物も多く登場していて、これは岳飛が死んだあとの話。岳飛はもともと気になっていたのでますます気になる存在になった。(北方謙三とか田中芳樹とか書いてますよね。読むならどちらかというと田中芳樹かな。創竜伝面白かったし。)
でもやっぱり『桃花源奇譚』の方が面白かったなぁという気持ちもあり、またそちらも読み返したくなる。
巻末の既刊案内を見ると杉本苑子さんの『悲華水滸伝』(全5巻)なんてものもありそちらも気になる。百八人の好漢が出てくるらしい。ゲームの幻想水滸伝好き人間としては気にならざるを得ない。
読みたい本が多すぎる。













