本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

読書日記8.「狭霧の中のボロ雑巾」

望みを捨てられぬまま、狭霧ばかりが立ちこめる道を自分で編んだ靴で歩むしかないという状況など、ほとんど携問のようなものである。その携問に耐え抜いてでもお笑いが好きなら「芸人」を続けろなんて、私以外の人間は言ってはいけない。このつらさは私にしか、そしてそれぞれの芸人にしか分からない。嫌いになれたら楽なのに、なんて思うわりに、本当は嫌いになんてなりたくないときちんと分かっている。これが愛なのか執着なのか、そんなことも本当のところは分からない。

 

諦めなければ夢は叶うという言説は、使い古されていて、もはやボロ雑巾のような風情があるし、なによりそれは夢が叶った側の立場からの物言いでしかなく、諦めずにいたけれど夢が叶うことなく死の淵にいる人だっていると思うんだけどどう思いますかと誰に対してかもわからないけれど、問いただしたくもなる。がしかしそれよりなにより、夢が叶う前に、諦めるよりも前に、夢が夢でなくなってしまった人、夢の輝きがだんだんと薄れてしまって、希望に溢れて夢が宝石のように輝いていたのに、それが時を経るにつれただの路傍の石と化してしまった場合はどうしたらいいですか、とこっそりと聞いてみたくもなる。

夢が宝石のような輝きを保ったままの状態でそれを叶えられる人もいるだろう。路傍の石のようになっても捨てきれずボロ雑巾で包んで大事に持ち続け、その結果叶う人もいるだろう。

だけど夢は夢でなくなり、ただの持ち重りのする石となり、いつしか道端に置き去りにし少しの痛みと共にその場を去る、そんな人が大半なのではないか。