本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

39.『源氏物語 巻四』

薄雲

明石の君と光源氏の娘、明石の姫君が紫の上に養育されるため、明石の君や尼君と離れ離れになれ引っ越す帖。

明石の君が、姫君のために「光源氏と紫の上に任せた方がいい」と、姫君と別れることを決めたけど、悲しくて悲しくて自分の選択は本当にあっているのかとくよくよするシーンに胸がぎゅっとなる。もう決めたことなのに思い切れなくて、やっぱりやめようかなとか迷ってしまうのわかる。

 

明石の君と姫君との別れだけでなく、姫君についていく乳母との別れも書いているのがいい。末摘花と侍女の時もそうだったけど、こういう主従関係に弱い。紫式部も侍女として姫君に仕えていたからこういうシーンを入れたくなるんだろうか。

姫君はまだ小さくて別れがよくわかってなくて、だから2人の悲しいお別れシーンは書けないから、乳母を代わりにしてお別れのシーンを演出した可能性もある。

 

母と別れて紫の上の養子になった姫君だけど、紫の上が明石の君と光源氏の関係を許すための人質のように思えてちょっと哀れでもある。

紫の上は姫君のことをいたく可愛がり、こんなに可愛い子と別れなければならなかった明石の君が可哀想だと胸を痛めたりしている。だから光源氏が明石の君に会いに行くことも以前よりかは許している雰囲気がある。

他の女のところへ行く自分へ向けられる嫉妬を反らせるために光源氏は姫君を引き取ったわけではないだろうけど、結果的にそうなってるので、光源氏が憎たらしくもなる。

 

朝顔

光源氏朝顔の君のエピソードがメインの回。

朝顔の君やっぱりいい。理知的で聡く防波堤がしっかりしてて揺るがぬところがかっこいい。

光源氏に言い寄られても、「今更にどうして心を変えられようはじめは拒んでも心変わりしてなびくような女のまねは耐えられぬ」とか言ってしまう朝顔の君かっこいい。他の女君のことを知ってか知らずか、はじめは拒んでいても結局靡いてしまった他の女君たちをディスってしまっている。

でも他の女君たちが光源氏に言い寄られて靡いた末に、あまり幸せな結末になっていないのは知っている気もする。

 

明石の君と光源氏の関係にはある程度納得したはずの、紫の上が可哀想になってくる。

紫の上は朝顔の君のことで「あの姫君は自分と同じ皇族のお血筋だけれど、昔から世間の声望もお高くて、格別重んじられた方だから、源氏の君のお心がそちらへお移りになったら、このわたしはどんなにみじめな目にあうだろう」と思い悩むけど、結局光源氏は振られるので杞憂に終わる。でも紫の上と同じ血筋でもっと高貴な立場にある三の宮という女君がこのあと出てきて、これよりも更なる苦しみに見舞われることになる…。何度も読んでるけど、このシーンはその布石になっていたんだと今回初めて気づいた。紫式部すごい。

 

乙女

光源氏が息子の夕霧を大学に入れたのは、「自分は宮中の奥深くで世間のことも知らず甘やかされていたから」らしい。

自分が経験できなくて苦労したことを子供にはさせてやりたいという親心。自分には学歴がないから子供には学歴をつけさせてやりたいという親心と少し似ているだろうか。

自分がした苦労をさせたないために、自分はしなかった別種の苦労をさせている訳だけど、この矛盾は如何に。でもまぁいい矛盾なのだろうな。

 

この帖は、夕霧の初恋譚の帖でもある。なんとも初々しくて良い。しかし、それがなかなか叶わないが故に、初恋相手雲居の雁を思い出させる惟光の娘をナンパしたりしている。的外れな和歌だったせいで未遂に終わったけど、早速浮気しかけてる。

 

初恋と不倫はいつの時代も物語の主題になるけど、そう考えると源氏物語も初恋と不倫の話だ。やや不倫が多いけど、光源氏の初恋もちょっと特殊とはいえしっかり書かれているし。

 

一体当時の男性貴族はこの物語をどんな気持ちで読んでいたのだろう。光源氏が女性にモテモテで色んな女性を悩ませていて、「いいぞいいぞもっとやれ」的な気持ちだったのだろうか。今でいう異世界転生チートものみたいな楽しみ方もしていたのか。

今まで女性目線の読み方しか気にしてこなかったけど、急に男性目線の読み方が気になってきた。

 

 

玉鬘

前に読んだ時は、右近と乳母の再会シーンにグッと来たようだけど、今回は乳母一家が玉鬘に求婚する大夫の監からの逃走を決めるシーンにグッときた。

頭中将の娘という生まれでありながら、肥前の国という田舎に移り住む玉鬘。乳母は常々その不遇をかこつが、土地の権力者大夫の監に求婚され、これ以上姫の不幸を見てられない!と都に移ることを決意する。

土地の権力者に求婚されたら幸せなんじゃないかと思うところだが、大夫の監があまりに田舎者なので、こんな人の妻になるのは可哀想!と乳母一家で逃げることにするんだけど、乳母の長女は一緒に行けない。肥前の国で家族ができて別れることができなかったから。しかし乳母の長男は玉鬘と母と逃げる。妻と子を置いて。

逃げる時は思い浮かばなかったけど、逃げるのに夢中でしっかり者の家来も皆んな連れてきてしまって、後に残された妻や子はどうしてるだろう…と舟の上で思うところが切ない。

確かに残された家族はたまったもんじゃあない。大夫の監の怒りを一身に受けそうだし。

私は主従関係萌えを持っているけど、こういう従者が主人か家族かの選択を迫られるシーンにも、主従関係が現れていてグッときてしまう。

 

帖の最後の方の末摘花と光源氏の和歌のやり取りをみて、末摘花がキャバ嬢の営業LINEを本気にして、キャバ嬢のことを彼女だと思ってるおじさんな感じになってたらどうしよう、と思う。

 

初音

新年の挨拶的な形で光源氏が女君たちのあいだを渡り歩く。こうやって練り歩くのは須磨に旅立つ前以来だろうか。

一番最初は紫の上とのシーンで、最近ずっと二人の間は険悪というか気まずいわだかまりがある雰囲気だったので、「輝かしい夫婦」「理想の夫婦」というように描かれていて嬉しい。ほっとする。

 

紫の上の次に明石の姫君のところへ行って、その次に訪れたのは花散里。花散里って源氏物語の最初から光源氏との色恋感がなくて、最初から古女房的存在で不思議だ。幼馴染のようだけど、夕霧や雲居の雁のように初々しい時期もあったのだろうか。想像がつかない。幼馴染というより恋愛関係というよりもはやバディという感じがする。

 

次に訪れたの玉鬘でその次が明石の君。「やはり他の女君とは違う」と心惹かれて、新年早々紫の上が嫉妬するだろうなぁと思いつつ、明石の君の部屋に泊まる光源氏

最初あんなに紫の上とのシーンで安心させておいて。にくい。結局明石の君なのか。

 

胡蝶

船楽というなんとも豪奢で高貴な遊びをしているシーンから始まる帖。

自宅の池に船に浮かべて船上で音楽を奏でるというまさに貴族の遊び。当時源氏物語は貴族の読み物だっただろうから、読者はこういうシーンを読んでも「せ、セレブリティ!!」なんて思うこともなかったのかな。むしろファッション雑誌的に読んでて、「今度これ真似してみよう」とか思ったのだろうか。

 

玉鬘に光源氏がお説教していて非常に気持ち悪い。

貴方を思っているのにその気持ちを隠しているのだから感謝しろだの、養父としての思いの上に更に恋心まで重なっているのだから、こんなに貴方のことを思っている人はいないんだぞ、とか。ツッコミどころが多い。それとそれは別の話でむしろ一緒にしちゃいけないもので、全部がどれもこれもがお前の勝手で何故こちらが感謝せねばならないのだっ!となる。

この視点は現代ならではなのかな。