本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

47.『ミーツ・ザ・ワールド』

(本記事は金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』のネタバレを含みます)

 

金原ひとみさんは怖いお姉さんというか、アンダーグラウンドでバイオレンスな作風なんだとずっと思っていたけど、その印象が薄れつつある。その変化は『腹を空かせた勇者ども』から始まった。

主人公の陽キャな中学生がパワフルで、それまでの金原イメージを弾き飛ばしてくれた。(その前から例の定期的にバズる「なんでもいいよ!」でご本人は怖い人ではないと思っていたが)

 

『ミーツ・ザ・ワールド』も主な舞台が歌舞伎町ということもあり、アンダーグラウンドな雰囲気でダークな読み心地なのかと思いきや、そうではなく(セックスドラックに言及し刃傷沙汰はあれど)心が浮き上がるような、だけど切なさの極地にいくようなガールミーツガールの物語だった。

 

しかし主人公は『腹を空かせた勇者ども』のような陽キャ中学生ではない。腐女子のアラサーだ。これはこれである意味アンダーグラウンド

そんな腐女子アラサー由嘉里がひょんなことから出会ったのはキャバ嬢のライで、ライは「自分は消えている状態が自然」「私はこの世界から消えなきゃいけない」という自己認識を持つ人間だった。

自分が死にたいのか生きたいのかなんて考えたことがない由嘉里にとってそれはカルチャーショックだったけれど、由嘉里のカルチャーショックin歌舞伎町はこれだけではない。

 

また別種のカルチャーショックを由嘉里に与えたのはホストのアサヒとアサヒを取り巻く女たちだ。アサヒには妻がいるのだが、家出少女をナンパして妻のいる家に連れて帰ったりする。もちろん(?)ホストなので太客という存在もいる。しかし客というかアサヒにガチ恋しているのでこれもまた抜き差しならぬ関係になっており、アサヒは女性関係にだらしないというか奔放というかややこしい。

由嘉里は恋愛経験にとぼしく、しかし今のままでいてはまずいと、アラサー女性の平均的な経験に追いつこうと合コンに参加などするも、平均的なことにはどうもなじめない。

そうした先に出会ったのがライやアサヒだった。

そしてアサヒと出会ったがためにアサヒの太客ヨリちゃんに飛び蹴りをくらうことになる。アサヒと2人で歩いているところたまたま目にしたヨリちゃんに勘違いされたのだ。

 

ライやアサヒに会うまで死生観も持たず男女関係の解像度も低かった由嘉里だけど、2人に出会うまで、一体なにして生きていたのかというと、由嘉里も由嘉里で2人に負けず劣らず独自路線を歩んできていた。それは腐女子活動、いわゆる推し活だ。

 

由嘉里は、アサヒに入れあげ恋をしているヨリちゃんに、アサヒと一緒に歩いている女(由嘉里)に飛び蹴りを喰らわすほどのヨリちゃんの恋する熱量に圧倒されているが、私からすると推しに入れあげている由嘉里、生活や人生を推しに明け渡している由嘉里に圧倒される。由嘉里は由嘉里で独自のスキルや属性を持っているし、熱量も半端ない。

恋愛に適した属性と、推しに夢中になる属性は違うものだけど、近しいところにはあるものだ。恋愛も推しも他者に自分の領域を明け渡す行為だ。恋愛は特に自分の領域をお互いに明け渡して侵食しあう。

 

 

ルームシェアを始めてお互いを知り合っていくうち、由嘉里のライへの気持ちは段々恋愛めいたものになっていく。

自分の側に来て欲しい、自分を理解して欲しいまた相手のことを理解したいと切に願い、それを原動力に動くのは恋愛に近しいものがある。

 

由嘉里はライの「消えるのが自然」という姿勢を変えることができない。生活やそこで巻き起こる感情を共有はできても、人間の核となる存在のあり方をわかりあうことはできない。由嘉里はライに生きていてほしいと思い、生の側へ自分の側へ来てほしいと願う。

ライと似た考えを持つ人間に話を聞きにいったり、乗り気ではなアサヒを巻き込んでどうにか翻意させようと試みるもうまくいかず、結局ライは由嘉里の前から姿を消してしまう。

 

それでも由嘉里はライのことを諦められず忘れることができず、ライを待ち続けることにする。理解できないまま戻ってくるかもわからないままで。

 

決してこちら側に来てくれない人、理解できないわかり合えない人をそのままの姿で心の中に住まわせるとか、その人をそのままの姿で心の中で大事にして一緒に生きていくとか、それはもう愛だ。

自分の物差しを当てはめず解体も分析もせずに、わからないままで心の一部を明け渡すのだから。

いや愛と信仰が混ざったものだろうか。そうしてそれは恋愛というよりはむしろ推しという感情に近いものなのかもしれない。

 

 

ライが言うように、由嘉里は推し活だけで充分しあわせだったと思うけど、それだけじゃなくてライやアサヒに出会えた。それが羨ましい。眩しい。自分の小さな世界だけで満たされていてしあわせだったけど、そこに他者が突っ込んできて世界が壊れて、自分には理解できない世界がぶつかってきて、他者に出会う。

理解できなくてもわかり合えなくても、いつか別れなくてはならなくても、そうした他者との出会いで、今までいた自分の小さな世界が壊れることが羨ましい。