本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

50.『しょぼくれおかたづけ』

THE W2024王者、にぼしいわしの伽説いわしさんのエッセイ『しょぼくれおかたづけ』を読んだ。

きっかけは今年のTHE Wの後、「舐められていると思って悔しかったから書きました」といういわしさんの言葉と共にXに流れてきた「たくさんの蝶々が飛んでいる」だった。

 

https://x.com/antch/status/1999822863713403284?s=46&t=-brvXxnxpChGmUlMBx-2KQ

 

悔しさと理想の高さその輝き、それを掲げて勝負を挑むこと、そして砕け散ることへの覚悟。それを全部抱えて勝負に挑んで栄光を掴んだはずなのに、その先にあったチャンスを活かせずに指の隙間からぽろぽろと溢れていってしまって、なにもわからなくなって無に帰してしまうんじゃないかという焦りや情けなさ。それでもお笑いというものを信じている強さ。

8ページに詰め込まれた感情の数々にすっかりやられてしまった。

いわしさんの眩しさや強さや情けなさをもっと読みたいと思った。

 

そうして読み始めた『しょぼくれおかたづけ』には、いわしさんのお笑いに対する思い、日々お笑いに向き合ったからこそ気づいた宝物のような思いが溢れ出ていて、これはほんとに重ねてしまうのはちょっと恐れ多いのだけど、私のブログに対する思いと重なるところをいっぱい見つけた。

 

自信のなさだったり情けなさだったり、自分のことを自分で認めるのは難しいけど、見てくれている人はいて、だからその人には誠実であれねばならないとか。

 

自分のつくるものでみんなを楽しませたい、でも「やっている」「頑張っている」というアピールをして認められようとするのは甘い、ダサい。出したものが全てで、それが面白いかどうかだけで、正解とか不正解を超えた圧倒的な芸事をしたい。

それが誰かの楽しみになっていたらいいとか。

 

「わかる、わかるよ」とたくさん思って、その上でいわしさんの眩しさ強さにたくさん励まされて背中を押された。

 

いわしさんは弱いから、だからこそ輝く強さを手にしていて、私もそうありたい、それを手にしたいし、その先に見えてくるものを見たい。

 

私も私にしか書けない圧倒的な文章を書いていつもブログ読んでくれる人を楽しませたい。

もっともっと良いものが書けるはずだ、とそう思った。

 

 

 

 

 

いつもこのブログを読んでくれてありがとうございます。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。