この間ジュンク堂大阪本店に行った。大阪に行ったついでに文言評論家三宅香帆さんのYouTube「三宅がゆく」で訪れていた書店へ聖地巡礼をしたのだ。
↓↓三宅書店 YouTube↓↓
三宅さんのYouTubeが撮られた時から結構時間経ってからの聖地巡礼だったけど、それでも一年以内なのに結構様変わりしていて、ちょっと寂しかった。
ミャクミャクグッズコーナーがあったりシェア型書店があったり文房具コーナーができていて、棚が大分減っていた。
そしてシェア型書店があるということは小耳に挟んでいたけど、衝撃を受けるぐらい大規模だった。一体どれだけの本棚が潰されてどんな本がどけられたのか…とちょっと悲しくなった。
シェア型書店というのは、月額料金を払えば本棚の一部を借りられて自分の好きな本を並べることができるというシステムだ。
神保町にあるPASSAGE by ALL REVIEWSや、ほんまるが有名だろう。一店舗まるまるシェア型書店もあるし、古書店の一角でやっているところもある。
だけど、チェーン店で大型書店でやっているというのは初めて聞いた。てっきり古書店の一角でやっているような小規模スペースでささやかにやっているものだと思い込んでいたので、結構でかい壁三面くらいにわたっていて衝撃を受けて、衝撃を受けたことに戸惑った。
一体この衝撃はなんなのか。なんでこんなにがっがりしてちょっと怒りすら感じているのか。
今までシェア型書店に対してそんな感情を抱いたことがなかったことから思うに、大型書店というところがポイントなんだろう。古書店の一角でもなく、中くらいの規模でのシェア型書店でもなく、大型書店でいくつもの本棚を潰してそこでシェア型書店をやっていることに衝撃を受けたのだ、たぶん。
さらに考えを進めてみると、私はどうやら、大型書店には読者を啓蒙するような棚を作って欲しいと思っていたらしいことに気づいた。
その分野の専門的知識を持つ人が選書をしていて、入門レベルから高度で難解なレベルまで幅広い本を揃えてくれていて、世の中にはこんな分野があるんだ!と思わせて欲しい。そういう初心者が読む本と上級者が読む本でハシゴになっているかのような棚を作って欲しい。
上級者のための専門的な本なんてあまり売れないかもしれないけど、売れない本でも大型書店なら置いておくことができるのではないか。儲けにはならないけど、それってすごく意味のあることなのではないか。知の最高峰を棚で教えてくれているというのは。
だけど時代の流れはそういうことではないらしい。本は売れなくなっているし、啓蒙してくれる存在ではなく、隣にいてわかりやすく教養を提示してくれる本が売れるらしい。それこそ書店の棚を見ているとそう感じる。時代は上から目線ではなく横から目線なのだ。
上からの選書(啓蒙)ではなく、横からの選書の方が本は売れるし、そっちの方が書店は活気付きそうだ。
シェア型本棚もその横から目線の一種だろう。SNSのタイムラインに誰かが読んだ本が流れてくるのと同じで、棚主が選んだ本が並ぶ三次元のタイムラインなんだろう。
SNSの画面上では上から流れてくる情報だけど、やってることとしては右から左へ流れていく本の情報の中で気になるものをピックアップしていく作業だ。私が大型書店に求めるハシゴとはちょっと違う。
それはそれですごい現代的で良いんだけれども、大型書店ってそれで良いんだっけ。もっと他にできることないんだっけとか考えてしまう。
やっぱり大型書店には、売れない本を置いて欲しい。みんなが手に取る本ではないけど、世の中にはこういう本があって、こういうことを研究してる人がいるんだと教えてくれるような。
握手会商法のアイドルの楽曲がオリコンの一位になって、「売れればいいのか!売れるのって大事だよね…」といっていたサザンの桑田を思い出す。まさか彼と同じ気持ちになる日が来ようとは。
そう、本が売れない時代である。書店が相次いで閉店する時代である。だから売ることが大事である。ミャクミャクグッズだろうが文房具だろうが売って利益を生むことが大事なのである。シェア型書店をやろうがなんだろうが、とにかくその場に存在し続けるということが大事なのである。
だから、シェア型本棚をしてまで生き残ろうとしてくれてありがとうございます!私も借ります!と言うべきなのかもしれない。
それが読者として書店を支える行為で貢献の形になるのかもしれない。買い支えならぬ借り支えである。
でも本当にそんなことを言わなきゃいけない日が来るとしたら泣いてしまうかもしれない。
でも大前提として本が売れない中潰れずに残ってくれているということを最優先にするべきで、書棚を潰してまで生き残れってくれてること自体がありがたい。しかしガワだけ生き残って中身はそれでほんとにいいのか…。でも生き残り続けないことには…。ガワがなければ…
書店が潰れれば一冊も本は売れない……。
心理学でよくいうことに「怒りからの受容」がある。
この記事は「それが大型書店のやることなのか!(ぷんぷん)」という怒りから、「それが大型書店のやることなのか…(しょんぼり)」と受容するまでの話である。