本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

8.『私たちのテラスで、終わりを迎えようとする世界に乾杯』

 

日本で1番翻訳されている韓国作家なのでは?というチョン・セランの掌編小説集。

チョン・セランらしく、バラエティに富んでいて、未知との遭遇SFもあれば、新人作家とベテラン作家の「文壇」を感じるもの、現代アートをテーマに書いたまさに現代アートっぽい作品等々、19篇の掌編と2つの詩が収録されている。

 

そんな中で、心に残ったのは、恋愛小説を書きませんか?と提案された小説家の話と、本屋で遭難した読書好きの読書サバイバル話の2つ。

 

アラの小説 1

この世界が稀に悪い人間と、そこそこいい人たちであふれていると信じていた頃は、思いっきり恋に溺れる話を書くことができた。甘すぎて困ってしまうくらいの物語を。アラは恋を信じていた。誰かが別の誰かによって完璧に理解させるような関係を。他の誰もが見落としていた特別なところを、二人で認め合う瞬間を。

 

小説家のアラが編集者から「次は恋愛小説を書いてもられませんか」と提案されるところから始まるんだけど、「現実での恋愛は残酷でしかないのに、恋愛へのファンタジーを書き綴っていいんだろうか」と悩んでしまうアラの気持ちがわかる。

女性が無惨に殺されたり卑劣な性犯罪の被害者になっているこの社会で、一体どんなロマンスを書いたらいいのかと小説家は悩んでいる様子は、Xのおすすめ欄で流れてくる、食い尽くし系夫だの、嫌知らず男性だのの所業をみて、小説や映画で描かれる恋愛や結婚って全部ファンタジーで、現実にはこういうパートナーとの戦いなんだなと思う私と重なるところがあった。

食い尽くし系でもない嫌知らずでもない男性はどこかにいるかもしれないけど、そんな男性は少数で、他の女性との争奪戦。その戦いに勝てなかった女性は食い尽くし系嫌知らず男性に耐え、教え諭しながら生活していかなければならない。甘くない。夢がない。

 

 

ヒョンジョン

特別な人間ではなかったなあ、とヒョンジョンは夢うつつのなかでつぶやいた。それでも心の内側は美しい文章で埋め尽くされている。本に線を引かず、折り目も付けなかったけれど、文章をありったけ吸収できた。それでよかったと自分を評価する。

 

書店にいる時に地震が起き、身動きができなくなる読書好きヒョンジョン。ヒョンジョンが本好きすぎて面白い。

書棚が崩れて身動きができなくなるのだが、水とちょっとした食料と読書用ライトがあったので、助けがくるまで手の届く範囲にある本を読んで待つことにするんだけど、それらが実在する本だからなお面白い。

そんな状態でそんなダウナーな小説読んでメンタル底辺にならない?大丈夫?とか。もう亡くなってしまった作家の作品を、もう新作が読めないなんて悲しいなぁという気持ちで読んでいる様子に、いや今自分が遭難してて下手したら死ぬかもしれないのに?でも新作が読めなくて残念な気持ちはわかるなとか。手元にある本全部読んでしまったから、周りにある諸々が崩れて自分が埋もれる危険性を感じつつ遠くの本を引っ張り出すことにヒヤヒヤしたり。

とにかくもう読書好きは絶対に読んで欲しい。