本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

【ネタバレ】『方舟』夕木春央

だいぶ遅ればせながら『方舟』を読んだ。 話題作の移り変わりが早いTwitterにおいては遥か昔にバズりにバズった本である。 「どんでん返し!」「とにかくオチがすごい!」「ネタバレされる前に読んで!」という感想に惹かれて読み、確かに衝撃の結末でネタバ…

『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しか出てこない』三宅香帆

「しょひょうか」と聞いて脳内で「書評家」と変換できる人はどれくらいだろう。本好きなら変換できるかもしれない。いや本好きでも、できない人もそれなりにいるだろう。そんなメジャーとはいえない書評、それを書く書評家だけど、私には好きな書評家、推し…

読書日記「謝肉祭(Carnaval)」

あいも変わらず村上春樹のことを考えている。 今日は『一人称単数』の中の「謝肉祭(Carnaval)」に出てくる男に対して物申したい。 この「謝肉祭(Carnaval)」という短編、「彼女は、これまで僕が知り合った中でもっとも醜い女性だったーーというのはおそ…

『街とその不確かな壁』村上春樹

村上春樹の作品には、女性との別れによる喪失を書くものが多くある。 『ノルウェイの森』もそのひとつで、この作品では女性との別れを他の女性で埋め、女性との別れで空いた穴を女性にケアしてもらうことでその傷を癒していたが、『街とその不確かな壁』では…

かつて挫折した村上春樹を読んでみたらちょっとハマった。

村上春樹は高校生の頃にデビュー作辺りの何冊かを読んだけど、良さがわからなかった。部活の同期と先輩が春樹作品について熱く語っているのを横目で見て、羨ましく思っていた。 でも村上春樹は、新作を出すたびに話題になるし、ハルキストと呼ばれるような熱…

読書日記『珠玉』

彩瀬まるさんの『珠玉』を読んだ。単行本で読んで、文庫化して読んだので読むのは再読になるんだけど、この作品はたくさんある彩瀬さんの作品の中で埋もれているような気がする。粒だっていないというか主張が強い方ではないというか。 好きなシーンも台詞も…

『君のクイズ』小川哲

本を読んでいると、本と私の経験が重なり合い「わかる!」と思う瞬間がある。そんな瞬間があると、本と深いところで繋がりあえたような、本と私が溶け合い、本の一部が私に私が本の一部になれたようで、深い感動を覚える。 こんな瞬間を増やしていくためにも…

『TRY48』中森明夫

中森明夫『TRY48』は寺山修司が令和の今も生きていたら、アイドルをプロデュースしたら、どんなアイドルになるのか?どんな活動をするか?史実の寺山と彼が巻き起こしたことをベースに、中森明夫が寺山を復活させ現代に解き放つ小説である。 「寺山修司」と…

読書日記『哲学者たちの天球』

『哲学者たちの天球』という、アリストテレス哲学がどのように広まっていったのか、どのように解釈されていたかということが書かれている本を読んだ。 ちょっと正直後半は難しすぎて返却期限までに読み終えることはできず、図書館に返してしまったのだけど、…

読書日記 「卒業の終わり」

私たちはずっとあそこにいた。生まれてからずっと同じ場所で暮らしていた私たちには、何かが過去になるという感覚はまだわからなかった。戻れない場所が、戻れない時があるという感覚がわからなかった。 あの頃の私たちに、思い出と言うべきものはまだひとつ…

佐藤厚志『荒地の家族』 〜想像力は人を救うのか〜

元は鬱蒼とした松林であった野を新しくつるりとした道路が切り裂いている。荒涼として寒々しく、無機質な海辺を雨が塗り込めて想像力を殺す。 『荒地の家族』の主人公坂井祐治は宮城県の亘理で生れ育ち、地元で一人植木業を営んでいる。震災時、自身も含め家…

読書日記『野原』

昨日から読み始めたローベルト・ゼーダーラー『野原』がとてもいい。墓地のベンチに座って、死者の声を聞く男。その男が聞いている話として、その町に生きた29人それぞれの生前の生活や、人生のターニングポイントや、取るに足らない出来事だけど強固に記憶…

読書日記『モヤモヤの日々』

僕は、「誰かが褒めていなければ褒めにくい問題」というものがこの世にあると思っている。いや、もしかしたら僕だけなのかもしれないが、「お、この作品すごく面白い」と思ったとしても、どこか自分のセンスに自信が持てず、「他に誰か褒めてるかな?」なん…

『あの図書館の彼女たち』ジャネット・スケスリン・チャールズ

「わたしたちは本の友ね」彼女は、〝空は青い〟とか〝パリは世界一の街だ〟というような、確信のある口調で言った。わたしは心の友については懐疑的だが、本の友は信じることができた。 物語は、1939年パリ、オディールが図書館での仕事を得ようと、本の…

読書日記『革命的半ズボン主義宣言』

さて、世の中は減点法です。エリートの挫折でお分かりでしょうが、この減点法は”思い込みによる持ち点制度”が前提になっています。大学に入れば会社に行くのが当然。会社に入ればある程度以上の出世は当然。いい大学に入ればある程度以上の出世は当然。全部…

読書日記『水中の哲学者たち』

昔見かけた目つきの悪い彼も、身軽に自身の考えを刷新していくサルトルも、ただ謙虚であるとか、自分の意見にこだわりがないとかではなく、自分の立場よりも真理をケアし、異なる考えを引き受けて、考えを発展していたのである。だからこそ、弁証法の場では…

『プリズム』ソン・ウォンピョン

たいていの場合、始まりは違っても過程は似ていて、結果はいつも同じものだから。ジェインはそう軽く結論を出して、しばらく 日常の中に浸って過ごした。その時までは、人生に違う種類の波が立つなんて全く想像もできなかった。 『アーモンド』で2020年本屋…

読書日記『韓国文学の中心にあるもの』

斎藤真理子さんの『韓国文学の中心にあるもの』を読み始めた。 斎藤さんは韓国文学ブームの火付け役となった『82年生まれキム・ジヨン』を訳された翻訳家さんだ。その後も次々に素晴らしい作品を訳し、たくさんの小説を日本に紹介してくれて、個人的には日…

『差別はたいてい悪意のない人がする』 キム・ジヘ

ほとんどの善良な市民にとって、だれかを差別したり、差別に加担したりすることは、いかなるかたちであれ、道徳的に許されないことである。差別が存在しないという思い込みは、もしかしたら、自分が差別などする人ではないことを望む、切実な願望のあらわれ…

読書日記『蓮と刀』

答えは簡単━━フロイト自身、それを危険だと思わなかったから。危険だと思う必要がなかったから。彼には、それに関して疚しい所が一つもなかったから。平気でそれを口に出来たから。彼は母親と性行をしたいと思ったことなど、幼児期から始めて、一度もなかっ…

『物語のカギ 「読む」が10倍楽しくなる38のヒント』 渡辺祐真/スケザネ

世界に対する様々な言葉の束、つまりは物語をたくさん持っている人は、それだけ世界を豊かに眺めることができる。 物語を味わうことの効用は、世界を見ることの彩度を上げられることにもあるのです。 本を読んでまたは物語に触れて、「面白い!」「好き!」…

読書日記 ネガティブ・ケイパビリティ

「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、相手の気持ちや感情に寄り添いながらも、分かった気にならない「宙づり」の状態、つまり不確かさや疑いのなかにいられる能力である 小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』 渡辺佑真/スケザネ『物語のカギ 「読む」が…

『自分ひとりの部屋』 ヴァージニア・ウルフ

散文や小説の執筆は、詩や劇の執筆に比べれば容易だったことでしょう。集中力をそれほど必要としませんから。ジェイン・オースティンは生涯そんなふうに執筆を続けました。彼女の甥が回想録に書いています。「作品につぐ作品をどうやって書き上げたのかは驚…

第167回芥川賞受賞発表後日談。

第167回芥川賞受賞作が発表されました。 もう7年くらい芥川賞候補作を読み続けてきたけど、ちゃんと予想立てたことなかったなということで昨日受賞予想ブログを書きましたが、せっかくなので発表後の答え合わせや新芥川賞作家さんのことやあれやこれや、…

第167回芥川賞受賞作予想!

もう7年も芥川賞候補作全部読みをしているけど、まともに受賞作予想というものをしたことがない。 外したら恥ずかしいからすぐ消えるインスタのストーリーで予想したり、ツイッターでちょろりと予想してみたり。 そんな風にこっそりこっそりとしたやり方でし…

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子

みんながみんな、自分のしたいことだけ、無理なくできることだけ、心地いいことだけを選んで生きて、うまくいくとは思えない。したくないことも誰かがしないと、しんどくても誰かがしないと、仕事はまわらない。仕事がまわらなかったら会社はつぶれる。そん…

2022年上半期の本ベスト10

2022年上半期は81冊の本を読みました。 その中でベスト10を決めたのでそれぞれの本の感想をまとめたいと思います。 ツイッターやはてなブログに書いた感想を読み返してみると、その時の感情が蘇ってきたり、いい本だったことは覚えていても詳しい感想は忘れ…

『N/A』 年森瑛

専門家や当事者が教えてくれた正しい接し方のマニュアルをインストールして、OSのアップデートをしたのにも関わらず、情報の処理が追いつかない翼沙のハードウェアは熱暴走を起こしていた。押し付けない、詮索しない、寄り添う、尊重する、そういう決まりご…

読書日記 言葉が世界だ

こういう例を知ると、私たちは言葉を通してしか世界を理解できないと考えたのではまだ不十分で、「言葉が世界だ」と考えざるを得なくなってくる。「世界は言語だ」とすると、言葉を使う人間がいなくなることは、「世界」がなくなることと同じだということに…

『太宰治の辞書』 北村薫

本は、いつ読むかで、焦点の合う部分が違って来る。 太宰治が使っていた辞書はどんなものなのか、「女生徒」の中に出て来るロココに関する記述は、太宰がその辞書から引いたものなのか、それとも太宰オリジナルのものだったのか。 この小説のタイトルを初め…