本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

【ネタバレ】『方舟』夕木春央

だいぶ遅ればせながら『方舟』を読んだ。

話題作の移り変わりが早いTwitterにおいては遥か昔にバズりにバズった本である。

「どんでん返し!」「とにかくオチがすごい!」「ネタバレされる前に読んで!」という感想に惹かれて読み、確かに衝撃の結末でネタバレ踏む前に読んで欲しくなるのは最もなんだけど、それより何よりオチの衝撃が去った後にも未だ根強く残る深い衝撃は、この小説が「愛されないもののデスゲーム」「選ばれないものの生存戦略」であったこと、旧約聖書ノアの方舟」の強烈なアンチテーゼだったことである。

 

ここから本格的にネタバレします↓↓↓

 

 

 

まず『方舟』のネタバレを含んだあらすじをまとめる。

1人の命を犠牲にすれば後の9人は命が助かるという密室空間、通称方舟で殺人事件が起こり、犯人がその犠牲になることに。そして犯人探しが始まるのだが、実は犯人しか知らない事実があった。それはこの密室空間を抜け出せるのは1人(さらにいうと2人)だけだということ。だから犯人は殺人を犯したのだ。自分が犠牲者に選ばれ1人生き残るために。

 

その犯人というのは主人公柊一の大学時代の友人麻衣である。

その麻依は大学卒業間近に交際を始め、卒業後すぐに結婚した隆平という夫がいるが、夫婦仲は上手くいっていない。そして夫婦間の悩みを相談していた柊一となんだか怪しい感じになっている。

 

その今にも付き合いそうな麻依と柊一が2人きりの時に話したことが、「愛されないもののデスゲーム」というフレーズの元になっている。

 

ここで麻依が話したこと全部、私が前から思っていたことで、「私以外にもこんなこと考えてた人がいたんだ!」と感動したシーンなので、ちょっと長いが引用したい。

 

「映画でもあるよね。殺されそうな人が、自分には恋人がいるとか、家族がいるとかって命乞いするシーン。家族とか恋人がいなかったら殺していいのかって話だよね。世の中、みんなに人権があるっていったって、その中から誰か犠牲者を選ぶってなったら、一番愛されてない人が選ばれるんでしょ?

それってもう、デスゲームみたいなものだと思うな。知恵が劣る人とか、体力が劣る人が脱落するデスゲームがあるでしょ?愛されてない人が死ななきゃいけないのって、それと同じくらい残酷なんじゃないかな。

あとさ、防災のキャンペーンとかで、『あなたの大切な人をまもるために』とかっていうの、よく聞くでしょ?しかもそれを、世界の人全員に大切な人がいると思い込んでるみたいに連呼するよね」

 

ここで麻依が言っていることが「全然わからない」という人はとても幸福な人だと思う。わかる人は不幸だというわけではないけど。

私は不幸ではないがしかし、麻依の言っていることがめちゃくちゃわかる。

家族が居て愛する人がいる、居なくなったら悲しむ人がいる。そんな人から生け贄リストから除外されていくのなら、私は結構後の方に残るだろう。

 

あともっと言えば、「私には愛する家族がいる!」という命乞いとして説得力があるが、「私には愛する友人がいる!」「愛するペットがいる!」ならどうだろう。「愛する〇〇」が命乞いとして有効に活用されるのは、「家族」だけで、その他は一蹴されるだろう。

結局「家族」なのだ。

更にもっと言えば、「愛するものもなく、愛されることもない」人間は….。

結局「愛」なのだ。

 

犯人である麻依も最初から1人で生き残る覚悟を持って殺人を繰り返していたわけではなく、最後まで「愛し愛される関係」を求めていた。

隆平との関係に見切りをつけ、柊一に擦り寄ったり「愛されないもののデスゲーム」の話をして気を惹こうとしたり。

彼女は愛されたかったのだ。愛されて生き残る道を探っていたのだ。

 

麻依の犯行が暴かれた後、麻依以外の人間からしたら麻依だけ死に他の全員が生き残る選択、麻依からしたら麻依だけが生き残り他の全員が死ぬ選択がなされる。

ここで実は、麻依の他にもう1人生き残れることが柊一に明かされる。柊一は麻依と一緒に死ぬことを選択すれば麻依と一緒に2人だけで生き残れたのだ。

しかしそれを麻依から聞かされたのは、もう後戻りできない状況、麻依以外の全員が死ぬしかない状況でだった。

 

このことからわかることは、「一緒に死んでくれる=愛されてる」というのが麻依の価値観だったということだ。

かなり究極の愛の形である。

しかし、一緒に死んでくれる人はいなかった。

この極限状態の中、一緒に死のうとしない人、麻依を愛さなかった人、その全員に訪れたのは死だ。

みんな麻依を愛さなかったから死んだ。麻依だけが生き残った。柊一に、私を愛さなかったからあなたは死ぬんだよというメッセージを残して。

これが「愛されないもののデスゲーム」だ。

 

自分を愛さない人間にこれだけの復讐劇を施しておいて、自分は誰にも愛されないまま1人生き残るエンド。

神話の方舟では、動物のつがいとノアの家族だけが方舟に乗り生き残るが、この『方舟』では誰ともつがわず家族にならず、誰からも愛されずして1人で方舟から脱出し生き残るのだ。

家族信仰に強烈なカウンターを喰らわせる、この話の終わり方にめちゃくちゃかっこいいな!と私は震えてしまった。

ダークすぎる。だがそのダークがかっこいい。麻依は私のダークヒーローだ。