本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

2022-01-01から1年間の記事一覧

読書日記『野原』

昨日から読み始めたローベルト・ゼーダーラー『野原』がとてもいい。墓地のベンチに座って、死者の声を聞く男。その男が聞いている話として、その町に生きた29人それぞれの生前の生活や、人生のターニングポイントや、取るに足らない出来事だけど強固に記憶…

読書日記『モヤモヤの日々』

僕は、「誰かが褒めていなければ褒めにくい問題」というものがこの世にあると思っている。いや、もしかしたら僕だけなのかもしれないが、「お、この作品すごく面白い」と思ったとしても、どこか自分のセンスに自信が持てず、「他に誰か褒めてるかな?」なん…

『あの図書館の彼女たち』ジャネット・スケスリン・チャールズ

「わたしたちは本の友ね」彼女は、〝空は青い〟とか〝パリは世界一の街だ〟というような、確信のある口調で言った。わたしは心の友については懐疑的だが、本の友は信じることができた。 物語は、1939年パリ、オディールが図書館での仕事を得ようと、本の…

読書日記『革命的半ズボン主義宣言』

さて、世の中は減点法です。エリートの挫折でお分かりでしょうが、この減点法は”思い込みによる持ち点制度”が前提になっています。大学に入れば会社に行くのが当然。会社に入ればある程度以上の出世は当然。いい大学に入ればある程度以上の出世は当然。全部…

読書日記『水中の哲学者たち』

昔見かけた目つきの悪い彼も、身軽に自身の考えを刷新していくサルトルも、ただ謙虚であるとか、自分の意見にこだわりがないとかではなく、自分の立場よりも真理をケアし、異なる考えを引き受けて、考えを発展していたのである。だからこそ、弁証法の場では…

『プリズム』ソン・ウォンピョン

たいていの場合、始まりは違っても過程は似ていて、結果はいつも同じものだから。ジェインはそう軽く結論を出して、しばらく 日常の中に浸って過ごした。その時までは、人生に違う種類の波が立つなんて全く想像もできなかった。 『アーモンド』で2020年本屋…

読書日記『韓国文学の中心にあるもの』

斎藤真理子さんの『韓国文学の中心にあるもの』を読み始めた。 斎藤さんは韓国文学ブームの火付け役となった『82年生まれキム・ジヨン』を訳された翻訳家さんだ。その後も次々に素晴らしい作品を訳し、たくさんの小説を日本に紹介してくれて、個人的には日…

『差別はたいてい悪意のない人がする』 キム・ジヘ

ほとんどの善良な市民にとって、だれかを差別したり、差別に加担したりすることは、いかなるかたちであれ、道徳的に許されないことである。差別が存在しないという思い込みは、もしかしたら、自分が差別などする人ではないことを望む、切実な願望のあらわれ…

読書日記『蓮と刀』

答えは簡単━━フロイト自身、それを危険だと思わなかったから。危険だと思う必要がなかったから。彼には、それに関して疚しい所が一つもなかったから。平気でそれを口に出来たから。彼は母親と性行をしたいと思ったことなど、幼児期から始めて、一度もなかっ…

『物語のカギ 「読む」が10倍楽しくなる38のヒント』 渡辺祐真/スケザネ

世界に対する様々な言葉の束、つまりは物語をたくさん持っている人は、それだけ世界を豊かに眺めることができる。 物語を味わうことの効用は、世界を見ることの彩度を上げられることにもあるのです。 本を読んでまたは物語に触れて、「面白い!」「好き!」…

読書日記 ネガティブ・ケイパビリティ

「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、相手の気持ちや感情に寄り添いながらも、分かった気にならない「宙づり」の状態、つまり不確かさや疑いのなかにいられる能力である 小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』 渡辺佑真/スケザネ『物語のカギ 「読む」が…

『自分ひとりの部屋』 ヴァージニア・ウルフ

散文や小説の執筆は、詩や劇の執筆に比べれば容易だったことでしょう。集中力をそれほど必要としませんから。ジェイン・オースティンは生涯そんなふうに執筆を続けました。彼女の甥が回想録に書いています。「作品につぐ作品をどうやって書き上げたのかは驚…

第167回芥川賞受賞発表後日談。

第167回芥川賞受賞作が発表されました。 もう7年くらい芥川賞候補作を読み続けてきたけど、ちゃんと予想立てたことなかったなということで昨日受賞予想ブログを書きましたが、せっかくなので発表後の答え合わせや新芥川賞作家さんのことやあれやこれや、…

第167回芥川賞受賞作予想!

もう7年も芥川賞候補作全部読みをしているけど、まともに受賞作予想というものをしたことがない。 外したら恥ずかしいからすぐ消えるインスタのストーリーで予想したり、ツイッターでちょろりと予想してみたり。 そんな風にこっそりこっそりとしたやり方でし…

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子

みんながみんな、自分のしたいことだけ、無理なくできることだけ、心地いいことだけを選んで生きて、うまくいくとは思えない。したくないことも誰かがしないと、しんどくても誰かがしないと、仕事はまわらない。仕事がまわらなかったら会社はつぶれる。そん…

2022年上半期の本ベスト10

2022年上半期は81冊の本を読みました。 その中でベスト10を決めたのでそれぞれの本の感想をまとめたいと思います。 ツイッターやはてなブログに書いた感想を読み返してみると、その時の感情が蘇ってきたり、いい本だったことは覚えていても詳しい感想は忘れ…

『N/A』 年森瑛

専門家や当事者が教えてくれた正しい接し方のマニュアルをインストールして、OSのアップデートをしたのにも関わらず、情報の処理が追いつかない翼沙のハードウェアは熱暴走を起こしていた。押し付けない、詮索しない、寄り添う、尊重する、そういう決まりご…

読書日記 言葉が世界だ

こういう例を知ると、私たちは言葉を通してしか世界を理解できないと考えたのではまだ不十分で、「言葉が世界だ」と考えざるを得なくなってくる。「世界は言語だ」とすると、言葉を使う人間がいなくなることは、「世界」がなくなることと同じだということに…

『太宰治の辞書』 北村薫

本は、いつ読むかで、焦点の合う部分が違って来る。 太宰治が使っていた辞書はどんなものなのか、「女生徒」の中に出て来るロココに関する記述は、太宰がその辞書から引いたものなのか、それとも太宰オリジナルのものだったのか。 この小説のタイトルを初め…

読書日記 良妻賢母と文学部

その結果、何らかのヒューマニズムとか人格であるとか、社会に対するある種の批評性を持つような「作者の意図」が想定されていた。つまり、社会的に価値のある「作者の意図」が想定されていたわけだ。これは、文学部がまだ女子学生の受け皿だった時代の、い…

砂川文次『ブラックボックス』

くっだらねえな、と自分の夢想だかネットの押し付けがましいイメージだか両方に対して敵意を持つ。本当にそういう世界があるなら少しくらい見てみたい思いもないではない。どうせできないなら、しかし妙な希望を抱くよりもすっぱり諦めて小ばかにしているく…

読書日記 他の本のことばかり考えてる

芥川賞の発表前にはいつも必ず候補作を読んでたのに、全作読み終わってから発表を待っていたのに、今回は一冊も読み終えられなかった。 読み終えられはしなかったけど、一作だけ島口大樹「オン・ザ・プラネット」は読み始めていたところだった。 卒業制作の…