美しさと才能のきらめきが最も意味を持つ世界に、私の居場所はないの。でも私は、自分がそんなに悪くない人間だって知ってる。
芥川賞祭りがひと段落したので、去年の年末に発売された彩瀬さんの新作『珠玉』を読みました。
私、彩瀬まるbot作れるわ。ってくらい今回も付箋を貼りまくり。
この作品の主な登場人物は、美貌も音楽の才能も持ち合わせ国民的歌姫だったリズ、容姿に恵まれず何かとリズと比べられる孫の歩、ハーフモデルとして活躍するもその美貌が失われつつあるジョージの3人。
もうこの登場人物紹介だけで、だいたいどんな話かわかるでしょう。
恵まれている誰かと比べて自分が惨めに思えるけれど、そうではなく誰かと比べることなく、自分の美しさを大事にしようって話は他にもたくさんあるけれど、だからこそ彩瀬さんの言葉の力強さや繊細さが際立つ。
その言葉の力が、「よくある話」に収められないもっと深いところに届く話になっている。
恵まれない人だけでなく、恵まれている人の苦悩も書いているところがよかった。
リズは美貌と才能に恵まれていたけれど、それ故にそれを利用しようと人達によって、自分の人生を生きることが困難だった。
歩にはいつもリズの影がつきまとっていた。人からも比べられるし、自分でも比べてしまう。
リズから離れられず、自分の生き方がわからない。
2人とも同じ。
美と才能に縛られている。
彩瀬さんは恵まれているものにも、恵まれていないものにも、平等な眼差しをそそぐ。
実は主な登場人物は3人だけじゃなくて、もう1人いる。
リズのことも歩のことも見つめ続けたのは、黒真珠。
この黒真珠、めちゃめちゃ喋る。
この黒真珠が物語の装置としてすごいいい働きをしているんです。
重い話になりがちなところを、コミカルな話し方で肩の力が抜ける場所をつくってくれるし、リズと歩を客観的にみる視点もくれる。
それが黒真珠というところがさすが彩瀬さん。
そしてまさかラストで黒真珠に泣かされるとは…。
彩瀬さんは前に『桜の下で待っている』とかは自作の中でもコミカルだっていう風に言っていたけど、私は正直どこらへんがコミカルなのかわからなかった…。
でもこれはコミカル!
人の暗部を丁寧に掬いとっていくような今までの文体に、登場人物たちのコミカルな口調が加わった。
帯にある「著者新境地」という言葉に偽りなし。
また直木賞候補にならないかなー。
もう一つ楽しみに寝かせている彩瀬さんの新作があります。
それは今季号の文藝にのっている「森があふれる」です。
文芸誌に彩瀬さんの作品が掲載されると知った時は嬉しかった。
「彩瀬さんは直木賞というより芥川賞っぽい」と言われてきたけど、内心で「芥川賞は文芸誌に掲載された作品の中から候補作に選ばれるから、まだ文芸誌に作品がのったことのない彩瀬さんはどうしたって候補にならないのだ…私も芥川賞寄りだと思うけど…」と歯がゆい思いをしてしていたので、
文芸誌に新作が掲載されると聞いて、「彩瀬さんが芥川賞の土俵に立ったー!」とひとり興奮しました。
『珠玉』はくすりと笑えるエンタメだったけど、「森があふれる」はどんな作品なのか。楽しみ。
そして『珠玉』で直木賞候補になって「森があふれる」で芥川賞候補になったらすごくない??と妄想してひとりでテンションが高まっています。
(『珠玉』を読んで『神様のケーキを頬ばるまで』と通じるところがいくつかあったのでまた読みたくなりました。この作品も大好き。『珠玉』がお気に召した方はぜひ)