『あがない』倉数茂
「連中はつまらない人生だが金は持っている。たまたまいい時代に生まれたからだ。今、金があるのはそういう奴らばっかりだ。そうでない奴らは、よほど運がいいか特別なコネでもない限り、落ちるばっかりだ」
眼差しがまっすぐにこちらに向かう。
「おまえはいい大学出ていい会社に勤めていたのに自分で底辺に落ちてきた。俺は生まれたときからずっとここだ。生まれや親は選べねえからな」
佑は何と答えたらいいかわからずにうなずく。自分は落ちていく。これからますます加速度をまして落ちていく。そしてどんどん転落した果てに激突する底の底はどんなところか。
踏み込んではいけない世界のことを、何気なく何でもないことのように普遍的に書いていて、だからこそ、今の私の普遍が危うく感じられ、恐怖感が煽られた。
私がこの小説の登場人物のような状況にいないのは、たまたまいい環境に生まれてたまたまうまくいっているだけど、この先このままずっと上手くいくっていう保証はない。
それと同じように、たまたま環境に恵まれなかった人がたまたま生活苦に堕ちていたとして、だからといってずっとこのままという保証はないといえるだろうか。
環境に恵まれない状況はずっとこのままなんじゃないか。
たまたま生まれただけでずっと辛い目に合わなきゃいけない、ということだってある。
それを自己責任だと、自分の責任だとどうしていえるだろう。
たまたま生まれただけならば、たまたま生まれたくなかった、という気持ちにもなる。
はっきりと書いてはいないけど、主人公の頭の片隅には自分が生まれてなかった可能性やその世界線が浮かんでいること、そしてそっちの世界に安らぎと羨望を感じていることが伝わってきた。