本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

『オーラの発表会』 綿矢りさ

ある日、漢詩の授業時間中、後ろの方の席に座ったあぶらとり神が、テキストで隠しながらこっそりと、あぶらとり紙で額の脂を拭いている様子を、さらに後ろの席に座っていた私は見ていた。彼女は薄茶色で大判のあぶらとり紙を、鼻の上や目の下など、顔面に余すところなくくっつけた。作業が終わると、脂を吸ったせいで見事に半透明になっている紙を、窓辺に座っている利を生かして、陽に透かしていた。陽を浴びた彼女は目を細め、その姿は神々しくさえあった。

あの時から私は彼女を頭のなかで、あぶらとり神と呼んでいる。

 

周囲から浮いているちょっと変わり者の主人公海松子(みるこ)が大学進学をきっかけに一人暮らしをし、高校の同級生や幼馴染との交流を通して、まだ浮いてはいるけど周囲との少し深い関係を築きはじめるようになる。

 

海松子をはじめ海松子の両親、唯一の友達である「まね師」こと萌音など、独自の感性を持つキャラクターが面白すぎて、話の展開で読ませる小説というより、キャラクターで、物語が進むにつれて変わっていくその変化も含めてキャラクターで読ませる小説だと思ったけど、最後の方では物語の展開に惹きつけられて読むのがやめられなくなって、最後の最後では台詞に打ち抜かれた。

 

海松子はまっすぐで、感情の揺らぎや余白余韻といったものがなく、はっきりしている。感情が固形状というか、無機的な感じがして、他者との繋がりを生むのりしろの部分がない人のように思えた。

それが海松子独自の感性だし独自の感性で感じる感情で、そこが魅力的ではあるんだけど、どこか他者を寄せ付けない怖さがある。

だけど、教師になるという目標の足掛かりとして始めた塾講師のバイトで、教え子と上手くいかないことが重なったり、萌音や幼馴染の男の子奏樹と離島に旅行に行った辺りから、有機的な感情や揺らぎが芽生えはじめた。戸惑いや挫折、大自然に身を置くことで感性や感情に揺らぎや余白が生まれはじめて、冷え冷えとした無機的な印象がなくなっていった。

 

それを成長といっていいのかはわからないけど、読者という立場だけど海松子と付き合いやすくなったし、その変化をずっと追っていたこともあって、読み終わる頃には海松子のことが大好きになっていた。

 

 

変わった女の子が如何に周りから浮いているのかを書くコメディーだと思っていたけど、海松子が1人で生きていけるけど誰かと生きる、誰かを好きになることの暖かさに気づき始めるころには、すごく素敵な恋愛小説を読んでいる気持ちになり、くすぐったくなった。

 

キャラクターを楽しんだり、展開にドキドキヒヤヒヤしたり、台詞に打ち抜かれたり、コメディーや恋愛小説として味わえたり、何通りも楽しめる小説で、綿矢りさ作品の中でも断トツで好きだ。