本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

『わたしたちが光の速さで進めないなら』キム・チョヨプ

ひょっとしたら、日常に亀裂を見つけた人だけが世界の真実を追い求めるようになるのかしら?わたしにとっては紛れもなく亀裂と言えた、あの泣いていた男の人に出くわして以来、ある衝撃的な考えが頭から離れなくなったの。

わたしたちは幸福だけれど、この幸福の出どころを知らないということ。

 

「巡礼者たちはなぜ帰らない」

 

 

7つの物語がおさめられたSF短編集。
表題作は谷川俊太郎の詩の「万有引力のとはひき合う孤独の力」というフレーズを思い出させる。
技術が進歩すればするほど格差や分断や亀裂が進みお互い切り離されて別々の世界の住人になってしまう。

別々の2つの世界が遠ざかっていって、お互いその存在しか把握できず、どんな世界なのか人々がどんな暮らしをしてるのか想像もできないくらいに。


7つの短編それぞれから「分断と共生」や「共生と分断」といったテーマがみられたけど、一番印象に残った「分断と共生」は「感情の物性」という短編。

 

「感情の物性」は幸せ、落ち着き、恐怖、憂鬱といった感情を造形化した製品ができて流行り出す、という話。
それぞれ石鹸や石や香水などがある。


感情を自分から取り出して眺めておきたい、自分で自分の感情を選びたい、それが憂鬱や恐怖といった負の感情でもそれが自分のコントロール化にあると思えばそれを抱えて暮らしてもいける。
一回自分の中から取り出し(分断)それを眺めて把握してまた取り入れてそれと暮らしていく(共生)。
そうした感情の物性化ができればいいな。
昔、私は全ての感情をコンプリートしてしまって、あとはそれをなぞるだけ取り出すだけだと思った頃を思い出した。

 

でも今回この話を読んで思ったのが、私の感情を取り出して並べたところで、あんまりバリエーションがないというか、例えば感情に色をつけるとしたら白と黒の間の感情が私の場合10色ぐらいしかなさそう。もっとグラデーションができるぐらい細かで鮮やかなものなんじゃないか感情って。良くも悪くも。

 

わたしたちが光の速さで進めないなら