山崎まどか『優雅な読書が最高の復讐である』をちょこちょこ読んでいる。
山崎さんの本は読んだことがなかったけど、なんとなく海外文学好きのおしゃれでハイソなサブカルお姉さんというイメージがあった。そのイメージ通りだったりちょっとずれていたりする面白い書評集だ。
最近読んで面白かったのは、インド系アメリカ人のアジズ・アンサリというコメディアンと社会学者のエリック・クライネンバーグが組んで書いた『当世出会い事情 スマホ時代の恋愛社会学』について書かれたところ。
出会う相手が増えれば、ソウル・メイトに巡り合う可能性も高まる。それはただ条件がいいというだけではない、自分にぴったりの相手だ。しかしネットでは情報が全てであり、人々はむしろルックスや肩書きといった条件を気にする。「ティンダー」では相手の写真やプロフィールにピンとこなければ、画面を指でタッチして右になぞる、スワイプという動作で新しい相手の写真を見られる。アルゴリズムによって自分にマッチするとコンピューターが判断した異性が次々出てくる、その可能性の大きさが人々を夢中にさせているのだ。
目の前に選択肢がいっぱいあると選べないし、選んだとしても「本当にこれでいいのか?他にもっといい選択があったのでは?」と目移りしてしまう。
選択肢と可能性が広がる分、理想が高まってしまう。これは地球外生命体を探し続ける地球人と同じなのでは。
今読んでいる漫画に井上まい『大丈夫倶楽部』がある。
主人公の花田もねは大丈夫倶楽部を立ち上げ、日々大丈夫の研鑽に励んでいる。
大丈夫の研鑽とはなにかというと、「自分の大丈夫」がどういったものなのかを日々見つめていって、大丈夫な気持ちや状態が少しでも増えるように続くように励むということである。
もねが大丈夫倶楽部はもともとハビタ部で、その設立のきっかけになったのが、ハビタブルゾーンだ。
地球のように恒星との距離がちょうど良くて、惑星に液体の水が存在できて生命が居つけるような領域のことを天文学の言葉でハビタブルゾーンで生命居住可能領域とも訳される。
地球のことを「奇跡の地球」ということからも、生命居住可能領域というのは広い宇宙で地球ぐらいでごくごく狭い。
科学技術が発達して宇宙探索もどんどん進んでいき、宇宙が広くなればなるほど、地球がどれだけ生命に適した特異な星なのかがわかってくる。それなのに人間は地球外生命体の存在を諦め切れず、この星には生命の痕跡がとか、生命に必要な水が存在する可能性がとか、言っている。
宇宙の範囲が広がり選択肢が広がる分、生命が居住可能な理想の条件が揃うことがどれだけ特異なことかがわかる。なのに地球外生命体を探すことはやめられない。
これはマッチングアプリをやればやるほど、理想の条件が高まり、いつまでも理想の人と巡り会えない人を同じなのでは。
理想の人というのは地球外生命体なのでは。
これは突飛な発想だろうか。でもどちらにしても、目の前に居ない存在そもそもどこにも存在しないかもしれない存在を追い求めていることは同じだ。
そんなことを『優雅な読書が最高の復讐である』と『大丈夫倶楽部』の読み合わせで思った。

