本読みの芋づる

芋づる式読書日記。

『やがて海へと届く』 彩瀬まる

その苦しい苦しい大泣きの日が本当に来たとして、たとえば今の俺みたいなおせっかい野郎が現れて、苦しみをごまかしたり、薄めたり、そこから引き上げようとしていたら、きっとぶん殴りたくなる。俺はなにがこれほど苦しいのか、この苦しみがなぜ俺の人生に…

『下流志向』 内田樹

「不快」のカードを家庭内でいちばんたくさん切れるメンバーが、家庭内におけるリソースの配分や、決定に際しての発言権において優位に立つことができる。ですから、一家全員が「この家庭のメンバーであることから最大の不快、最大の不利益をこうむっている…

『きなりの雲』 石田千

あばらの浮いた裸をふたりにさらし、うつむきながら、ここまでと悟った。もういいじゃないかとからだに諭され、ようやく足のうらが、床とじぶんの湿度を感じる。 じろうくんも玲子さんも正直な人だ。正直が過ぎるのでびっくりする。二人を見ていると正直って…

読書日記 「蜘蛛の糸」

わたしが初めてハマった文豪は芥川龍之介で、確か小中学生の頃だった。 近所の本屋さんに通ってちょこちょこ新潮文庫の芥川龍之介作品を買い集めた思い出がある。 結構な数を揃えたはずなんだけど、一度本棚の整理をした時にもう興味薄れてしまったし読み返…

『パッチワーク・プラネット』 アン・タンラー

ひょっとして、善良な人というのは、単にほかの人より運がいい人間というだけのことじゃないのか?それは言い訳にならないのだろうか? 特別なことは何も起こらないような、日常を淡々と書いているような小説を無性に読みたくなる時がある。 私にとって西加…

『才女の運命 有名な男たちの陰で』 インデ・シュテファン

『才女の運命』という本を読んだ。 自身も音楽や科学の才能を持っているのに、同業者と結婚したことによって、徐々にその陰に埋もれていってしまう女性たちの評伝。 シューマンの妻、クララ・ヴィーク=シューマン。アインシュタインの妻、ミレヴァ・マリチ…

「明滅」 彩瀬まる

今村はなんだか拍子抜けした気分だった。こんな、あまりに個人的でどうしようもない感情を吐露して、自分は一体どんな華々しい返答を妻に期待していたのだろう。子供じみていると思いながらも、胸の一部が皺まみれになってしぼんでいくのを止められない。 こ…

読書日記 『キネマの神様』

原田マハの『キネマの神様』を読んだ。 あらすじはこう 39歳独身の歩は突然会社を辞めるが、折しも趣味は映画とギャンブルという父が倒れ、多額の借金が発覚した。ある日、父が雑誌「映友」に歩の文章を投稿したのをきっかけに歩は編集部に採用され、ひょん…

『アーモンド』 ソン・ウォンピョン

遠ければ遠いでできることはないと言って背を向け、近ければ近いで恐怖と不安があまりにも大きいと言って誰も立ち上がらなかった。ほとんどの人が、感じても行動せず、共感すると言いながら簡単に忘れた。 感じる、共感すると言うけれど、僕が思うに、それは…

『絵を見る技術』 秋田麻早子

この『ウルビーノのヴィーナス』を見たあとなら、解剖学的正確さより構成の見事さのほうが優先されるということがよく分かると思います。写実的に描く技術より、構図の設計のほうがずっと重要で、画家の腕の見せどころなのです。大抵の人は構図が立派なら多…

『線は、僕を描く』砥上裕將

僕は絵を描くことで気づかないうちに恢復していったのかもしれない。言葉はいつも考えに繋がって僕を無気力にさせたけど、絵は、水墨は、描くことで自分の考えの外側にある世界を教えてくれた、僕が何を感じているかを伝えてくれた メフィスト賞は森博嗣や辻…

『女たちのテロル』ブレイディみかこ

機を窺って耐え忍ぶなんて生ぬるい。独立させてくださいとお願いしたって駄目なんだ。勝手に独立すればいい。宣言してしまえばこっちのもんだ。誰も私たちを止められない。めでたい。気分がアガる。ロング・リヴ・マイ・インディペンデンス!万歳!万歳! ブ…

『さいはての家』彩瀬まる

野田さんの読み聞かせが始まって二ヶ月が経ち、だんだん考えることが変わってきた気がする。賢くなったとかではなく、自分が今なにを感じているのか、前よりもよくわかるようになった。漠然と体のどこかが痛い、と思っていただけだったのが、肘が痛い、お腹…

『今日は誰にも愛されたかった』

ベランダに見える範囲の春になら心をゆるして大丈夫 大嗣 春って外に出るとなんか人がワイワイしてて、はるのほうから無遠慮に押し寄せてくるイメージがあるんですけど、それが僕は馴染めないんですね。でも自分の家のベランダに出てそこから桜とか遠くに見…

1月読了おすすめ本

去年は365冊も本を読んだので、今年はもうちょっとだらだらゆっくり読んで行こうということで、1月読んだ本は17冊。 ゆっくり読もうと思ったもののやっぱり物足りない…。去年の1月は33冊も読んでるから物足りないのも確か。 それに本って1冊読むと次々に読み…

連作短編の面白さと物足りなさ。

今読んでいる前田愛『文学テクスト入門』に、小説を絵画を鑑賞するように読む読み方についてと、江戸時代は視聴覚メディア時代だったということが書かれていて、それを読んで葛飾北斎の富嶽三十六景って江戸時代の連作短編集じゃないか!と思った。 そんなに…

哲学と自己啓発本と漫画と筋トレと。

「哲学」って聞くとどんな印象を受けるでしょうか。 なんだかよくわからないことをよくわからない言葉でこねくり回しているイメージ?それともちょっと真面目で深い話をするだけで「哲学だねー」と茶化されるようなイメージ? どちらにせよあまりいいイメー…

村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』読解。

去年はフェミニズムやジェンダーに興味を持ち始めた年で、割とたくさん本を読んだけど、まだまだ知識が自分のものになってなかったり、自分の考えを話せるようにはなっていない。 そんな簡単にそうなれるとも思ってないけど、今年もフェミニズムに関しての本…

『ファン・ゴッホ 日本の夢に懸けた画家』

もう何年も前のことになるけれど、美術史の講義を受けている時、「芸術家のイメージは酒好き女好き。そのイメージはピカソからきている」という話を先生がしたのだけど、芸術家にそんなイメージを持ってなかったので、すごくびっくりしたことを今でも新鮮に…

読書日記『日の名残り』

今年は積ん読を30冊読む、というのを目標にしていて、その達成まで後2冊を残すところまできた。 なので、長年積ん読にしていたカズオ・イシグロの『日の名残り』を読み始めたのだけど、これが今見返しているドラマ『ダウントン・アビー』のお陰でイメージし…

『先生はえらい』内田樹

私たちが話をしていて、つまらない相手というのがいますね。こちらの話をぜんぜん聴いていない人です。 なんで私の話を聴いてくれないかというと、先方にはこちらの言うことが全部わかっているからです(少なくともご本人はそう思っているからです)。 その…

読書日記 「おいで、もんしろ蝶」

ある朝、うまれたばかりのもんしろ蝶が、池のそばにきた。そして草の葉につかまって、池のおもてにうつる自分のすがたにみとれ、おもわず「ま、きれい!」とつぶやいた。 池は、くすっと笑っていった。 「ああ。あんたはとてもきれいだよ」 ほんとうに〈うま…

本に救われるのはまだ先。

下北沢のB&Bで行われた三宅香帆さんとチェコ好き(和田真里奈)さんのトークイベントに行ってきました。 bookandbeer.com 三宅さんのことはこのブログでもちょこちょこ言及しているし、すっかりファンなのですが、今回イベントに参加するのは初めて。(実は…

フェミニズムとムーランとアナ雪

最近フェミニズムの本を読むのが楽しくて何冊も続けて読んでいる。 楽しいだけではなくて、自分の無知さに気づいて、自分がいかにのうのうと生きていたかを知ることでちょっと恥ずかしくもなる。 またフェミニズムは、旧来的な男性にとっては、居たたまれな…

『生命式』 村田沙耶香

「真面目な話さあ。世界ってだな。常識とか、本能とか、倫理とか、確固たるものみたいにみんな言うけどさ。実際には変容していくもんだと思うよ。お前が感じてるみたいにここ最近いきなりの話じゃなくてさ。ずっと昔から変容し続けてきたんだよ。」 いまだに…

『寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか』 チェコ好き

私たちはそろそろ「愛される女」に憧れるのを卒業しなくてはいけなくて、これからは「きちんと意見を言える女」を目指していくべきなのだろう。 もちろん「愛される女」なんかよりも、ずっとハードルが高い。 日頃から趣味や仕事の話をして、互いに信頼を重…

『断片的なものの社会学』 岸政彦

エミール・デュルケムは、私たちが「神」だと思っているものは、実は「社会」である、と言った。祈りが届くかどうかは、「社会」が決める。災厄をもたらす悪しき神もいる。それと同じように社会自体が、自分自身の破滅にむかって突き進むこともある。神も社…

『どうしても生きてる』 朝井リョウ

はいはい。正しい正しい。誠実誠実。 思い出して、由布子は笑ってしまう。 なーんにも言ってないことと同じ言葉を掲げて、誠実ぶって。気持ち良さそー。 話者である自分は、誠実にこの問題に正しく向き合っていて、真摯で、社会に対して正義を祈ってる存在で…

読書日記「技師の親指」

「やれやれ」と、水力技師はロンドンに戻る列車の座席に座ると、もの憂い顔で言った。「たいした仕事でしたよ!親指はなくすし。五十ギニーの報酬はもらえない。いったい何を得たと言えるでしょう?」 「経験ですよ」と、ホームズは笑いながら言った。「経験…

『項羽と劉邦』 司馬遼太郎

陛下は、御自分を空虚だと思っておられます。 際限もなく空虚だとおもっておられるところに、智者も勇者も入ることができます。そのあたりのつまらぬ智者よりも御自分は不智だと思っておられるし、そのあたりの力自慢程度の男よりも御自分は不勇だと思ってお…